These 3 Things by Ought(2018)楽曲解説

Spotifyジャケット画像

1. 歌詞の概要

「These 3 Things」は、Oughtが2018年にリリースした3rdアルバム『Room Inside the World』に収録された楽曲であり、現代の自己形成における分裂、衝動、規律をめぐるアイロニカルな瞑想を、洗練されたビートと断片的なイメージによって描いた一曲である。

この曲のタイトルにある“3つのこと”が具体的に何を指すのかは明言されておらず、むしろそこには意味の曖昧さそのものが重要なテーマとして存在している。
歌詞の随所に登場する象徴的な言葉たちは、「自己管理(discipline)」「繰り返し(habit)」「欲望(desire)」といった、個人と社会をつなぐキーワードをぼんやりと浮かび上がらせ、人間が自らのアイデンティティを保ち、消耗し、また組み立て直すプロセスを映し出している。

語り口は詩的で断片的。だが、断絶しているようで全体として一つの“感情の風景”を形作っており、聴く者に“解釈ではなく体感”を求める構成になっている。

2. 歌詞のバックグラウンド

Room Inside the World』は、Oughtがポストパンクの持つ政治性と即興性を起点としながらも、より内面的で叙情的な方向に歩みを進めた作品であり、「These 3 Things」はその音楽的変化を象徴するような曲でもある。

この楽曲では、ミニマルなシンセと打ち込みのようなリズムが前面に出ており、初期作品のギターのざらつきや衝動的なエネルギーは影を潜めている。
代わりに登場するのは、制御された音と、均質化された感情の中ににじむ違和感であり、まさに「現代性の皮膚感覚」を音楽化したようなアプローチが取られている。

ボーカルのTim Darcyは、この曲の中でモノトーンで詩を紡ぐように語り、時に痛々しいほど抑制されたトーンで“人間であること”の曖昧さを浮き彫りにしていく。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下は「These 3 Things」の印象的なフレーズの一部。引用元は Genius Lyrics。

These three things
この3つのこと

Discipline
規律

Habit
習慣

Desire
欲望

To minimize suffering
苦しみを最小限にするために

この一節に現れる3つの要素は、まるで現代人の精神的なOSのようだ。自己の維持、社会との接続、欲望の管理——それらを通じて、ただ“苦しまずに生きる”という、最低限の目標を掲げている。

How do I know
どうすればわかる?

If this was a choice or a chore
これは選択だったのか、それとも義務だったのか

この一節は、自由意志と内在化された構造のあいだで揺れる主体の苦悩を映し出している。
私たちが“選んでいる”と思っていることも、実は社会的に刷り込まれた“しなければならないこと”かもしれない。その不確かさが、静かにそして鋭く突き刺さる。

4. 歌詞の考察

「These 3 Things」は、Oughtが常に見つめてきた**「現代における“私”という構造の脆さ」**を、これまで以上に抽象的かつ詩的な形で提示した楽曲である。

ここで歌われる“規律”“習慣”“欲望”という3つのキーワードは、Foucault的な権力論や、心理学におけるセルフコントロールの構造を連想させる。
つまり、「私たちは社会の中で自分をコントロールするために、規律と習慣を内面化し、欲望さえも“管理すべきもの”として処理している」——この曲は、そうしたシステムの中で“感情を持ちながら生きること”の難しさを、抑制されたビートと静かな語りで炙り出す。

重要なのは、この楽曲が怒りや絶望で訴えかけてこないという点だ。
Oughtはあくまで冷静であり、感情を煽るのではなく、その感情すらも“管理の対象”にされてしまう社会の奇妙さをそっと差し出す。
それはまるで、「このシステムから抜け出せないことを知りながら、なおその中でどう生きるか」を問い直しているようでもある。

音の構成も歌詞の主題と完全に一致しており、反復されるリズム、均質な構造、隙間のあるミックスはすべて、“自動化された日常”を象徴している。
この中で何が“私”なのか?
その問いは、答えられることなく、余韻だけを残して曲は終わる。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Severed Crossed Fingers by St. Vincent
    現代的な自己崩壊と希望の両立をテーマにした、冷たさと熱を併せ持つ楽曲。

  • Avant Gardener by Courtney Barnett
    日常の無意味さと反復性をブラックユーモアで描いたモノローグ的ロック。
  • The Overload by Yard Act
    制御されたリズムに社会風刺を乗せた現代ポストパンクの秀作。

  • Strange Mercy by St. Vincent
    抑圧された感情のゆがみを美しい音像で表現。現代的な“欲望の風景”を共有する。

  • Every Single Night by Fiona Apple
    自己との葛藤を細密に描いたオルタナティブ・ポップの傑作。

6. “内面のオートメーション化”をめぐる瞑想

「These 3 Things」は、ポストパンク以降の音楽が到達した、感情すらも管理される時代の“生”のかたちを静かに描いた一曲である。

ここでは、叫ぶことも暴れることも、笑うことすらも、すべてが構造の中に取り込まれてしまっている。
それでも、“どうしても消せない違和感”が、曲の隙間ににじみ出てくる。

それが**「私」という存在の、最後の名残**かもしれない。
そしてOughtは、その名残を音楽として拾い上げ、こう問いかけている。

「この3つのことの中に、本当の“あなた”はいるのか?」

——その問いは、誰にも答えられない。
だが、その問いを持ち続けることこそ、人間であり続ける最後の抵抗なのかもしれない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました