発売日: 1981年11月
ジャンル: ソフトロック、アートポップ、AOR
完璧を求める不完全さ——静かな焦燥が滲む“10ccらしさ”の回帰作
『Ten Out of 10』は、1981年に発表された10ccの8作目のスタジオ・アルバムであり、「80年代の10cc」を模索する中で生まれた“再構築と内省”の一枚である。
前作『Look Hear?』で迷いの表情を見せた彼らは、本作でよりパーソナルな世界観と洗練されたサウンドへの回帰を試みた。
一部の北米盤にはアンドリュー・ゴールドが参加し、ポップ性を増したアレンジが加えられているが、英国盤ではより内向的で控えめな10ccの姿が描かれている。
「Ten Out of 10(=満点)」というタイトルに込められた皮肉——完璧を標榜しながらも、そこに至れない虚しさや諦念——が、全体を貫くトーンとなっている。
全曲レビュー
1. Don’t Ask
乾いたギターとクールなリズムが印象的なオープニング。
問いを拒むことで、逆に浮かび上がる心の距離感と諦めが切なくも美しい。
2. Overdraft in Overdrive
金融用語をメタファーにした、10ccらしい風刺的ポップ。
借金生活をハイテンションで描くブラックユーモアが光る、意外にアップテンポな楽曲。
3. Don’t Turn Me Away
アメリカ版の追加曲。アンドリュー・ゴールドとの共作で、メロウなAORテイストのバラードに仕上がっている。
落ち着いた構成とスチュワートのソフトな歌声が、80年代的洗練を象徴している。
4. Memories
過去への郷愁と、それに対する戸惑いが交錯する感傷的なナンバー。
エレピとヴォーカルの絡みが繊細で、タイトルどおり“記憶のなかの音”として響く。
5. Notell Hotel
架空のホテルを舞台に、愛の終焉と再訪を描くドラマティックな構成。
シンセの使い方に時代の空気を感じつつも、構造の緻密さは10ccらしい。
6. For You and I(アメリカ盤未収録)
先行シングル『Bloody Tourists』からの再録だが、ここではよりスローで内省的なアレンジに変化している。
7. Feel the Love (Oomachasaooma)
唯一の派手なナンバーで、サンバやトロピカルなリズムを取り入れたダンス・ポップ。
ミュージックビデオではテニスをテーマにしており、やや風変わりなアプローチが話題を呼んだ。
8. Les Nouveaux Riches
“新興成金”を皮肉ったフレンチ風味の風刺ソング。
10ccらしい文化批評と異国感覚の遊びが詰まっており、密かな名曲。
9. Action Man in Motown Suit
ソウルミュージックへのオマージュと自己批評を混ぜ込んだ楽曲。
「モータウンスーツを着たアクションマン」という架空のキャラクターに、音楽業界の滑稽さが重なる。
10. Survivor
締めくくりは、10ccらしからぬほど真摯でストレートなバラード。
“生き残った者”の孤独と誇りを静かに綴るこの曲は、本作全体のトーンを象徴するかのように、余韻を残して幕を閉じる。
総評
『Ten Out of 10』は、大きなヒットも実験的野心もない代わりに、静かな美学と音楽への誠実さが光るアルバムである。
70年代的な風刺や構築美は影を潜めつつも、成熟したアーティストとしての感性と、時代に抗わず寄り添う柔軟さが際立っている。
派手さはない。だが、夜の静けさや孤独な感情に寄り添ってくれる10ccのもうひとつの姿がここにある。
AORやシティポップ的な音の質感が好きなリスナーには、深く刺さるだろう。
“10点満点”のタイトルの裏にあるのは、完璧を求めても届かない、そんな人間くささと優しさ。
この作品は、その不完全さゆえに愛すべき、10ccの隠れた傑作である。
おすすめアルバム
-
Al Stewart『Year of the Cat』
文学的な詞とAOR的な美しさを兼ね備えた名作。 -
Andrew Gold『…Whirlwind』
本作に関わったアンドリュー・ゴールドの円熟したポップ感覚が光る。 -
Steely Dan『Two Against Nature』
洗練された中年ポップの金字塔。 -
Gerry Rafferty『City to City』
都会の孤独とメロディの甘さが溶け合うシンガーソングライター作品。 -
Squeeze『East Side Story』
ポップとソウルの交錯、そして英国的叙情が重なる秀作。
コメント