アルバムレビュー:Shiny Beast (Bat Chain Puller) by Captain Beefheart and The Magic Band

発売日: 1978年10月**
ジャンル: アヴァンギャルド・ロック、エクスペリメンタル・ロック、ポストパンク


“光る獣”の帰還——70年代末に蘇ったキャプテンの創造的再起動

『Shiny Beast (Bat Chain Puller)』は、1978年にリリースされたCaptain Beefheart and The Magic Bandの9作目のスタジオ・アルバムであり、
一度失われた幻のアルバム『Bat Chain Puller』を下敷きに、キャプテンが音楽的生命を取り戻した“復活作”として位置づけられる。

1976年に制作されたオリジナルの『Bat Chain Puller』は、プロデューサーFrank Zappaと彼のビジネスパートナー間のトラブルによってお蔵入りとなり、
その再構成版ともいえる本作は、キャプテン・ビーフハートの狂気・ユーモア・詩・ブルースの全要素を再統合した“70年代末の新たなピーク”を示している。

演奏はシャープかつ明晰で、アレンジにはホーンやマリンバといった新しい音色も加わり、
ビーフハート・サウンドの混沌がよりカラフルで、リズミカルで、身体的なものへと進化している。
かつての“トラウト・マスク的抽象”とはまた違った、触れることのできるエネルギーがここにはある。


全曲レビュー

1. The Floppy Boot Stomp

印象的なスライドギターと不協和なホーンが絡むファンク・ナンバー。
“ベロンベロンのブーツで踊る”というキャプテンの造語が炸裂し、冒頭から不条理な祝祭感に包まれる。
ブルースの骨格を持ちながら、すでにどこか宇宙的。

2. Tropical Hot Dog Night

ラテン調のリズムと、酔いどれ詩人のような語りが絡むビザール・スウィング。
“熱帯のホットドッグの夜”という不条理なイメージが、夢と現実の間で揺らめく。
Beefheart流ナイト・ミュージックの傑作。

3. Ice Rose

シャッフル・ビートの上に幻想的なギターと意味不明なイメージの羅列が重なる、詩としての異物感が際立つナンバー。
冷たく、しかし花のように開く奇妙なバランスが美しい。

4. Harry Irene

淡々とした語り口と甘いマリンバが印象的な、キャプテン史上もっとも“ノーマルに近い”ポップソング。
中年男女のささやかな人生を描いた叙情詩であり、狂気なき美しさが新鮮。

5. You Know You’re a Man

不穏なリズムとジャズ的展開。
アイデンティティにまつわる不安と自嘲が、キャプテンのねじれた語彙で表現される。
男らしさとは何かを問いかける奇妙なブルース。

6. Bat Chain Puller

アルバムの核にして、キャプテンの創作の象徴とも言える大曲。
“バット・チェイン・プラー(コウモリ鎖牽引機)”という謎の機械的メタファーが、奇妙なグルーヴに乗って延々と反復される。
ポストパンク時代の胎動を先取りしたかのような、冷たくも熱いミニマル構造が秀逸。

7. When I See Mommy I Feel Like a Mummy

マリンバが妖しく響き、不協和音が空間を撓ませる。
“ママを見るとミイラになった気分”という詩句に潜む、性的・精神的倒錯がじわじわと伝わる。
音と詩がねじれながら絡む、不穏の美。

8. Owed T’ Alex

南部風のロードソングを装いつつ、リズムも構成もどこか歪んでいる。
その違和感が、キャプテン流アメリカーナとして機能している異端の哀歌。

9. Candle Mambo

ダンサブルなマリンバと変則リズムが特徴の小曲。
“キャンドルとマンボ”という組み合わせが、光と身体性のメタファーとして響く。
短いながら強烈な印象を残す。

10. Love Lies

ドゥーワップ風のコードとともに、キャプテンがしみじみと“愛の嘘”を語るスローバラード。
まともに聞こえるのに、どこか常軌を逸しているのがこの人の魔法。

11. Apes-Ma

わずか30秒の詩的終曲。
“エイプス・マ(猿の母)”に語りかけるモノローグが、不条理と哀しみの結晶として突き刺さる。
短くも強烈な余韻。


総評

『Shiny Beast (Bat Chain Puller)』は、Captain Beefheartが70年代後半の音楽状況に呼応しつつも、
決して“順応”ではなく、“異化”というかたちで返答した奇跡的なバランスの作品
である。
混沌のなかに秩序があり、グルーヴのなかに異物がある。
これはポップでもアヴァンギャルドでもない。“Beefheartというジャンル”が確立された瞬間なのだ。

すべてが狂っているが、すべてが美しい。
それはまさに、“光る獣”の名にふさわしい音楽である。


おすすめアルバム

  • Pere UbuThe Modern Dance
     ポストパンク的ビーフハート継承の最前線。奇怪な都市のブルース。

  • Tom Waits『Swordfishtrombones』
     マリンバと語り、路地裏と詩の混交。本作の影響を色濃く受けた重要作。

  • DevoDuty Now for the Future
     ミニマルと皮肉の未来派ロック。『Bat Chain Puller』の機械性に通じる。

  • Frank Zappa『Sleep Dirt』
     ギター主体で描かれるアブストラクトな風景。即興と構成の絶妙な均衡。

  • Holger Czukay『Movies』
     ポスト・クラウトロック的ビーフハート解釈。カットアップと異文化音響の混成。

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