アルバムレビュー:Ice Cream for Crow by Captain Beefheart and The Magic Band

発売日: 1982年9月**
ジャンル: アヴァンギャルド・ロック、ポストパンク、ブルースロック


カラスにアイスクリームを——ラストアルバムにして、最も鋭利な詩的断末魔

『Ice Cream for Crow』は、1982年にリリースされたCaptain Beefheart and The Magic Bandの11作目にして最後のスタジオ・アルバムである。
この作品は、過去のビーフハート的要素(ブルース、詩、アブストラクト、変拍子)を集約しつつ、それを最小限で構築したような、
異様なほど明晰で乾いた“遺言のようなアルバム”
である。

前作『Doc at the Radar Station』と同様、ビーフハートはすべての作詞・作曲・アートワークを手がけ、
録音にも強い監督意識を持って臨んでいる。
音楽的には粗削りでありながら、構成は整っており、演奏は卓越している。
まるで“狂気”が理性と手を組んだような、鋭いフォルムを持った作品なのだ。

本作を最後に、キャプテンは音楽活動を引退し、画家ドン・ヴァン・ヴリートとしての活動に専念する。
その意味でも、本作はビーフハートという“音の詩人”の締めくくりにふさわしい、静かなる激情の記録である。


全曲レビュー

1. Ice Cream for Crow

タイトル曲にして、キャプテン・ビーフハート最晩年の美学宣言。
カラスにアイスクリーム? 美しき不条理が詩になり、音になって鳴り響く。
ギターはざらつき、ドラムは跳ね、声は“語りながら叫ぶ”。

2. The Host the Ghost the Most Holy-O

言葉遊びと神秘が交錯する短編詩曲。
“聖なる幽霊のホスト”とは誰なのか?
ギターと語りが絡み合い、カオスと静謐が共存する。

3. Semi-Multicoloured Caucasian

インストゥルメンタルで、パーカッシブなギターがまるでパンク・ミニマル・アート。
冷たく、そして熱い。まるで鉄板の上の雪片のような感触。

4. Hey Garland, I Dig Your Tweed Coat

ビーフハートの語り芸が爆発する詩的トラック。
“ツイードのコートを着たガーランドへ”という呼びかけが、時代も人種も飛び越える。
詩、音、衣服、歴史——すべてが数分に凝縮される。

5. Evening Bell

ギターソロのみで構成されたミニマルなインストゥルメンタル。
まさに“夕暮れの鐘”のように、静かに響き、余韻を残す。
キャプテンが描く“沈黙の音楽”。

6. Cardboard Cutout Sundown

切り絵のように、薄っぺらでありながら鋭利なサウンドが交錯するトラック。
サンセットは美しく、同時に虚構——そんなイメージが込められているようだ。

7. The Past Sure Is Tense

皮肉たっぷりのタイトルどおり、過去と現在が軋みながらぶつかるようなスリリングなナンバー。
変則リズムと無表情な語りが、不安な未来を予感させる。

8. Ink Mathematics

詩と音の抽象表現主義。
“インクの数学”という不可思議なテーマが、
ギターの非対称な運動と共に、文字そのものの運動を想起させる。

9. The Witch Doctor Life

まるで最後の最後に“音楽と呪術”を結び直すような、儀式的グルーヴ。
ジャングル・ブルースとポエトリーが、闇夜を踊る。


総評

『Ice Cream for Crow』は、キャプテン・ビーフハートが音楽という形式の中で語った最後の詩であり、
狂気と秩序、遊びと死、意味と無意味の境界を何度も踏み越えた末にたどり着いた“最も鋭利で静謐な地点”
である。

ここには暴力も、激情も、派手な構造もない。
あるのは、乾いた知性と、言葉と音への偏愛、そしてこの世界に残された“ほんの少しの奇跡”。

アイスクリームはカラスのものかもしれないが、
このアルバムは間違いなく、私たちに向けて差し出された“最後の贈り物”である。


おすすめアルバム

  • David Thomas & The Pedestrians『The Sound of the Sand』
     ビーフハート的言語遊戯と実験精神を受け継ぐポストパンク詩人の傑作。

  • Tom Waits『Frank’s Wild Years』
     語りと音響、寓話と現実の交差点。静かな狂気の継承者。

  • Lori Goldston『Film Scores』
     静けさと断片で語る音の詩。『Evening Bell』的余韻が美しい。

  • The Red Krayola『Black Snakes』
     実験と構築、抽象とノイズの奇妙な調和。Beefheartの子孫。

  • Laurie AndersonBig Science
     音と語り、テクノロジーと身体。異端の語り部による知的な詩的音楽。

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