David Bowieとは?音楽とファッションの革命児、変化を続けたロックスター
David Bowie(デヴィッド・ボウイ)は、1947年にイギリス・ロンドンで生まれ、1960年代から2010年代まで活動したシンガー、ソングライター、俳優である。本名はDavid Robert Jones。ロックを中心に、フォーク、ソウル、ファンク、電子音楽、ダンスミュージックなどを取り込みながら、時代ごとに大きく姿を変えてきた。
音楽だけでなく、衣装、髪型、メイク、アルバムのアートワークまで含めて自分の世界を作ったことでも知られている。特に1970年代には「Ziggy Stardust」という架空のロックスターを演じ、音楽とファッション、演劇を結びつけた。
重要なのは、単に奇抜な格好をしたスターではなかったことだ。新しい音楽に敏感で、それを自分の曲へ取り込みながら何度もスタイルを変えた。その変化は後のロック、パンク、ニューウェーブ、ポップ、電子音楽へ大きくつながっている。
David Bowieの背景と歴史
David Bowieは1947年、ロンドン南部のブリクストンに生まれた。10代からサックスを演奏し、1960年代には複数のバンドで活動する。当初は本名のDavid Jonesを使っていたが、The MonkeesのDavy Jonesとの混同を避けるため、David Bowieという芸名を使うようになった。
初期はなかなか成功をつかめなかった。大きな転機となったのが1969年の「Space Oddity」である。宇宙飛行士Major Tomを主人公にした曲で、静かなフォーク調の演奏と宇宙的な音響を組み合わせていた。
1970年代に入ると音楽はさらに変化する。The Man Who Sold the Worldでは重いギターを取り入れ、Hunky Doryではピアノを中心とした親しみやすい曲を増やした。そして1972年のThe Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Marsによって、世界的なロックスターとなる。
この時期のBowieは、赤い髪と派手な衣装でZiggy Stardustという人物を演じた。男性的、女性的という従来の区別に収まらない外見も大きな注目を集める。ステージ上の人物そのものを作品の一部にする方法は、後のポップスターにも大きな影響を残した。
しかしBowieはZiggyの成功にとどまらなかった。1970年代半ばにはアメリカのソウルやファンクへ接近し、Young Americansを制作。「Fame」では鋭いリズムを前面に出した。
その後ヨーロッパへ活動の重心を移し、Brian Enoらと制作したLow、”Heroes”、Lodgerへ進む。いわゆる「ベルリン三部作」と呼ばれる時期で、電子音や実験的な録音方法を大胆に取り入れた。
1980年代には再び方向を変える。1983年のLet’s Danceではダンスミュージックを大きく取り入れ、世界的なヒットを記録した。実験的なロックスターだったBowieが、巨大なポップスターにもなったのである。
1990年代以降も電子音楽やインダストリアル、ドラムンベースなど同時代の新しい音に関心を持ち続けた。長い休止期間を経て2013年にThe Next Dayを発表。2016年1月8日にはBlackstarを発表し、その2日後に69歳で死去した。
David Bowieの音楽スタイルと特徴
David Bowieには「この音を鳴らせばBowie」という一つの決まったスタイルがない。それ自体が最大の特徴である。
初期にはフォークやロックを使い、Ziggy Stardust期には歪んだギターを中心としたグラムロックへ進んだ。その後はソウル、ファンク、電子音楽、ダンスミュージックなどへ次々と移っている。
ただし、何でも無計画に取り入れたわけではない。Bowieは新しいジャンルに接近すると、自分の声や歌詞、人物像と組み合わせて別の形に変えた。例えばLowでは電子音楽の影響が強いが、単純なダンス音楽ではなく、短く断片的な歌と、言葉のない器楽曲が並んでいる。
声の使い方も幅広い。低く落ち着いて歌うこともあれば、演劇の登場人物のように大げさに歌うこともある。曲によって声の表情を変えるため、歌っている人物そのものが変わったように感じる場合もある。
歌詞では宇宙、孤独、名声、社会、人間関係、自己の変化などを繰り返し扱った。「Space Oddity」のMajor TomやZiggy Stardustのように架空の人物を作り、その人物を通して現実を描く方法も得意としていた。
そしてBowieにとって、音楽と見た目は切り離せないものだった。服装やメイクを単なる宣伝として使うのではなく、「今回はどんな人物がこの音楽を歌っているのか」を視覚的にも表現したのである。
David Bowieの代表曲
「Space Oddity」
1969年に発表された初期David Bowieの代表曲である。宇宙へ向かったMajor Tomと地上の管制室とのやり取りを描いている。
アコースティックギターを中心に静かに始まるが、曲が進むにつれて電子的な音や広がりのあるアレンジが加わる。単純な宇宙冒険ではなく、地球から切り離されていく孤独感が残るところが特徴だ。
Bowieが物語と音響を組み合わせて独自の世界を作るソングライターだったことが、早い時期から分かる曲である。
「Starman」
1972年のZiggy Stardust期を代表する曲である。
アコースティックギターから始まり、サビでは大きく開けたメロディへ変わる。難しい実験を前面に出した曲ではなく、非常に親しみやすいポップソングだ。
宇宙からやって来る存在を歌いながら、若者に新しい可能性を伝えるような内容になっている。Ziggy StardustというSF的な設定と、誰でも口ずさめるポップソングを結びつけたBowieの強みがよく分かる。
「Life on Mars?」
Hunky Doryに収録された代表曲である。Rick Wakemanによるピアノから始まり、ストリングスが加わって壮大なサウンドへ広がっていく。
歌詞には映画やメディア、大衆文化を思わせる断片的なイメージが次々と登場する。簡単な物語として説明するのは難しいが、現実世界を映画のように眺めている感覚がある。
Bowieのドラマチックな歌声と、曲を大きく展開させる作曲能力を理解しやすい一曲だ。
「Heroes」
1977年の“Heroes”を代表する曲である。最初は比較的抑えた演奏だが、同じコード進行を繰り返しながら音が少しずつ厚くなっていく。
Bowieのボーカルも曲が進むほど激しくなる。Brian EnoのシンセサイザーやRobert Frippの持続するギターが重なり、最後には巨大な音の壁のようになる。
ベルリンの壁によって分断された都市を背景にした恋人たちを描いた曲で、個人的な感情と当時のベルリンの空気が重なっている。
「Let’s Dance」
1983年の大ヒット曲で、Bowieの1980年代を代表する作品である。
それまでの実験的な音楽と比べると、リズムが非常にはっきりしている。ベースとドラムを中心に身体を動かしやすいビートを作り、その上にBowieの低いボーカルが乗る。
プロデュースにはChicのNile Rodgersが参加した。また、当時まだ広く知られていなかったStevie Ray Vaughanのギターも大きな存在感を持っている。Bowieが実験性を捨てることなく、大規模なポップ市場へ接続した時期を理解できる曲だ。
アルバムから見るDavid Bowieの音楽の変化
Hunky Dory(1971年)
Bowieのソングライターとしての魅力が大きく開花した作品である。
ピアノとアコースティックギターを中心にした曲が多く、「Changes」「Life on Mars?」など後の代表曲が収録されている。重いロックより、メロディと言葉を前に出した作品だ。
「Changes」というタイトルが示すように、変化することへの意識も早くから表れていた。後に何度もスタイルを変えるBowieの基本的な考え方を知るうえでも重要なアルバムである。
The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars(1972年)
Bowieを世界的なスターへ押し上げた代表作である。
架空のロックスターZiggy Stardustを中心とした世界を作り、音楽、衣装、ステージを結びつけた。Mick Ronsonの太く歪んだギターも作品の大きな特徴になっている。
「Starman」のようなポップソングから「Moonage Daydream」の重いギターまで、親しみやすさと奇妙さのバランスがいい。グラムロックを代表する作品であると同時に、「ロックスター自身を一つの作品にする」というBowieの発想を決定的にしたアルバムだった。
Station to Station(1976年)
Bowieのキャリアの転換点となった作品である。
前作Young Americansで取り入れたソウルやファンクのリズムを残しながら、より冷たく機械的な反復が増えている。長いタイトル曲では、一定のリズムの上で演奏が少しずつ変化していく。
この時期のBowieは「Thin White Duke」と呼ばれる新たな人物像を使っていた。Ziggyの派手な色彩とは対照的に、外見も音楽も冷たく硬い印象が強い。
アメリカのソウルから、次のベルリン期の電子的な音へ移る途中にある重要なアルバムである。
Low(1977年)
Bowieの作品の中でも特に大胆な変化を記録した一枚である。Brian Enoとの共同作業が重要な役割を果たした。
前半には短く断片的なロックやポップが並ぶ。ドラムは低く強く響き、ボーカルも必要最低限に抑えられている。後半では歌そのものが減り、シンセサイザーを中心とした静かな器楽曲が続く。
当時のKraftwerkなどドイツの電子音楽から刺激を受けながら、通常のロックアルバムとはかなり違った構成へ進んだ。後のポストパンクやニューウェーブを考えるうえでも重要な作品である。
Let’s Dance(1983年)
1980年代のBowieを代表する大ヒットアルバムである。
Nile Rodgersをプロデューサーに迎え、ファンクやダンスミュージックを取り入れた。「Let’s Dance」「Modern Love」「China Girl」など、巨大な会場でも映える明快な曲が並んでいる。
Lowのような作品と比べれば、かなり直接的なポップになっている。しかし、単純に流行へ合わせたわけではない。ロック、ファンク、ブルースを組み合わせながら、Bowie自身の歌声が中心に残るように作られている。
この作品によってBowieは、それまで以上に幅広い聴衆へ知られる世界的なポップスターとなった。
Blackstar(2016年)
David Bowieが生前に発表した最後のスタジオアルバムである。69歳の誕生日に発売され、その2日後にBowieは亡くなった。
ここではジャズの演奏家たちを起用し、一般的なロックとは異なる複雑なリズムや不安定な音を取り入れている。タイトル曲は約10分に及び、暗い電子音、ジャズ、ロックが入り混じる。
歌詞や映像には死を連想させる表現が多い。ただし、アルバムのすべてを単純な「遺書」として扱うだけでは作品の幅を狭めてしまう。最後まで新しい演奏方法や音響を探していたことが重要である。
過去の代表曲を再現するのではなく、最後の作品でも未知の方向へ進んだ。それはDavid Bowieのキャリア全体をよく表している。
David Bowieが影響を受けたアーティストと音楽
Bowieのルーツは非常に幅広い。初期にはLittle Richardなど1950年代のロックンロールから大きな刺激を受けた。強烈な衣装とパフォーマンスを含め、「音楽家は音だけでなく存在そのものによって観客を驚かせられる」という発想にもつながっている。
ソングライティングではBob Dylanの影響も重要である。BowieはHunky Doryに「Song for Bob Dylan」を収録しており、言葉によって人物や世界を描くシンガーソングライターとして意識していたことが分かる。
The Velvet Undergroundも重要だった。Lou Reedの都会的な歌詞や、一般的なポップとは違う題材を扱う姿勢は、Bowieの1970年代以降の活動と深く重なる。BowieはLou ReedのTransformerの制作にも関わっている。
1970年代後半にはKraftwerkをはじめとするドイツの電子音楽から刺激を受けた。電子音と反復をロックへ持ち込み、Lowや“Heroes”などで自分なりの方法へ変えていった。
Bowieの場合、影響を受けた音楽をそのまま再現するより、「この考え方を自分ならどう使えるか」と考えて別の作品へ変えていく姿勢が特徴だった。
ファッションとキャラクターが変えたロックスター像
David Bowieを音楽だけで説明することが難しい理由の一つが、ファッションとキャラクターを作品の一部として扱ったことである。
最も有名なのがZiggy Stardustだ。赤い髪、鮮やかな衣装、メイクを組み合わせ、Bowie自身とは別の架空のロックスターとしてステージに立った。
当時のロックには男性的なイメージを強く押し出すスターも多かった。その中でBowieは、男性らしさと女性らしさを自由に混ぜた外見を使った。服装やメイクによって自分の見せ方を変える姿勢は、ロックにおけるジェンダー表現の幅を大きく広げた。
しかも、一つのキャラクターにとどまらなかった。Ziggyを終わらせると別の姿へ進み、Thin White Dukeのような人物像も作った。1980年代にはさらに洗練されたポップスターへ変化する。
「本当の自分を一つだけ見せる」のではなく、「自分自身を何度でも作り変える」という考え方をスターとして実践したことが、Bowieの文化的な影響の大きな部分を占めている。
David Bowieが後の音楽に与えた影響
David Bowieの影響は一つのジャンルに限定できない。
1970年代のグラムロックでは、音楽とファッションを一体化したスター像を広げた。その大胆な外見や演劇的なステージは、後のパンク、ニューウェーブ、ゴス、オルタナティブ・ロックにもつながっていく。
音楽面ではLowや“Heroes”の影響が特に大きい。電子音、反復するリズム、ギターのノイズ、実験的な録音をロックソングへ取り込む方法は、1970年代末から1980年代のポストパンクやニューウェーブと多くの共通点を持っていた。
1980年代以降のポップスターにとっては、作品ごとにファッションや人物像を変えるBowieの方法も重要な先例となった。MadonnaやLady Gagaをはじめ、音楽、映像、衣装、キャラクターをまとめて作品として見せるポップスターの表現を考えるとき、Bowieとのつながりは無視できない。
さらに重要なのは、年齢を重ねても過去のスタイルだけに頼らなかったことだ。1990年代には新しい電子音楽へ接近し、最後のBlackstarでは若いジャズミュージシャンたちと新しい音を作った。
David Bowieが後のアーティストに残したものは、特定のギターの音や歌い方だけではない。「自分のスタイルは変えてもいい」という考え方そのものが、最大の影響の一つだった。
まとめ
David Bowieの最大の特徴は、変化することを音楽活動の中心に置いたことである。グラムロック、ソウル、ファンク、電子音楽、ダンスミュージック、ジャズなどへ進みながら、そのたびに歌い方や衣装、ステージ上の人物像まで変えていった。
Ziggy Stardustによって音楽とファッション、演劇を結びつけ、Lowではロックと電子音楽の関係を深め、Let’s Danceでは世界的なポップスターとなった。そして最後のBlackstarまで、新しい音を探す姿勢を保った。
Bowieが音楽史に残した大きなものは、一つの完成されたスタイルではない。ロックスターは何度でも姿を変えられること、音楽とファッションの境界も自由に越えられることを長いキャリアによって示した。その考え方まで含めて、後のロックとポップに大きな道を残したアーティストである。


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