Sliver by Nirvana(1990)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Sliver(スリヴァー)」は、Nirvanaが1990年にシングルとして発表し、後にコンピレーション・アルバム『Incesticide』(1992年)に収録された楽曲である。タイトルの「Sliver」は、“splinter(木片)”の誤植や変形とも言われ、日常に潜む痛みや違和感を象徴的に表しているとされる。

楽曲は、ひとりの子どもの視点で語られるユニークな構成を取っており、両親に祖母の家へ預けられた「ぼく」が、退屈で不安な一夜を過ごすという、まるで絵本のような語り口で進行する。だが、その無垢で簡素な語りの奥には、見捨てられたような孤独、居場所をなくした子どもの感情、そして「おうちにかえりたい(I wanna go home)」という切実な願いが滲んでいる。

一見コミカルでシンプルなこの歌詞は、実はカート・コバーンが自身の幼少期――両親の離婚や居場所のなさ――をテーマにしており、Nirvanaのなかでも特に“痛みをユーモアで包んだ”タイプの楽曲といえる。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Sliver」は、Nirvanaが『Nevermind』でブレイクを果たす直前、まだインディー・シーンにいた頃の作品でありながら、すでにそのポップセンスとテーマの深さが際立っていた。録音には、元Mudhoneyのドラマー、ダン・ピーターズが参加しており、Nirvanaのラインナップがまだ固定される前の時期に制作されたことでも知られている。

カート・コバーンはこの楽曲について「できるだけポップに、そしてできるだけ単純にしたかった」と語っており、彼の“パンク+ビートルズ”的美学が色濃く表れている。また、子ども目線の語りというスタイルは、メディアで語られる「怒れる若者像」とは対照的であり、むしろ“誰にも気づかれない孤独”に焦点を当てた作品である。

その後、『Incesticide』に収録されたことにより、より多くのリスナーに届き、Nirvanaの“もうひとつの顔”として高く評価されるようになった。

3. 歌詞の抜粋と和訳

“When mom and dad went to a show
They dropped me off at grandpa Joe’s
I kicked and screamed, said, ‘please, don’t go!’”
ママとパパがショーに出かけるとき
僕はグランパ・ジョーの家に置いてかれた
僕は泣き叫んだ、「行かないでよ!」

“I had to eat my dinner there
Mashed potatoes and stuff like that
I couldn’t chew my meat too good”
晩ごはんもそこで食べなきゃいけなくて
マッシュポテトとか、そんなのばっかり
肉は固くて、ぜんぜん噛めなかったよ

“I fell asleep and watched TV
I woke up in my mother’s arms”
テレビを見ながら眠って
目が覚めたら、ママの腕の中だった

“I wanna be alone
I wanna go home”
一人になりたい
おうちに帰りたい

引用元:Genius Lyrics – Sliver

これらのラインからは、子どもらしい不器用さと、それを乗り越えられないまま押し込める寂しさが伝わってくる。極端なドラマや悲劇ではなく、「ちょっとつらかった夜」という身近な場面から、深い共感が引き出されている。

4. 歌詞の考察

「Sliver」の最大の特徴は、その“単純さ”が持つ深さにある。カート・コバーンは、感情の激しさを直接ぶつけるのではなく、子ども特有の言語と行動で、親への依存や不安を淡々と描いている。しかし、その抑制された表現がむしろ、“本当の痛み”を浮き彫りにしているのだ。

「I wanna go home(おうちに帰りたい)」というフレーズは、物理的な“家”を意味しているだけではない。それは「安心できる場所」「本当の自分でいられる場所」「もう何も怖くない世界」への憧れなのだ。つまりこの一節は、成長の過程で誰もが通過する“居場所の喪失”という普遍的な感情を象徴している。

また、ユーモラスな表現の裏にある“痛みの誤魔化し”という側面も見逃せない。カートはしばしば、深刻なテーマをジョークや風刺に包んで歌うが、それは弱さの否定ではなく、むしろ「自分の弱さを引き受けるための術」として用いられている。だからこそ、この楽曲には“叫び”ではなく“つぶやき”のような切なさが宿っている。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Stay Away by Nirvana
    よりラウドで衝動的な楽曲だが、“孤立した存在としての若者”というテーマは共通する。

  • In My Room by The Beach Boys
    自分の部屋が唯一の逃げ場所となる感覚を描いた曲。子どもの視点と内向的な世界が「Sliver」と響き合う。
  • Needle in the Hay by Elliott Smith
    シンプルな旋律と語りのなかに、深い痛みが込められた作品。傷つきやすさとその隠し方が似ている。

  • When You Sleep by My Bloody Valentine
    不安定な音像の中に、夢と現実の境界が溶け合う感覚。「Sliver」の語り口の“ぼやけた現実”と呼応する。

6. 子どもが叫ばない夜の歌

「Sliver」は、Nirvanaの多くの楽曲が持つ“怒り”や“破壊”のエネルギーとは異なる、極めてパーソナルで静かな“孤独の記録”である。ここにあるのは、両親が自分を置いてどこかへ行ってしまうという小さな恐怖と、子どもが言葉にできないまま抱える「世界との不一致」だ。

大人になれば笑い飛ばせるような出来事――だが、それが“人生で最初に感じた孤独”だったなら、それは永遠に心に残る。その原風景を、ポップに、しかし切実に描いたこの曲は、カート・コバーンの作詞家としての奥深さを改めて証明する作品だと言える。

怒りや絶望ではなく、「誰かが気づいてくれないかな」という声なき願い。だからこそ、「Sliver」は聴くたびに、胸の奥で小さな子どもが呟くような声が聴こえてくるのだ――“おうちに、かえりたい”。その静かな祈りは、今もなお、どこかで迷子になっている誰かの心に寄り添い続けている。

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