Lush(ラッシュ)は、1988年にロンドンで結成されたイギリスのロックバンドである。中心人物はMiki BerenyiとEmma Anderson。そこにベースのSteve Rippon、ドラムのChris Aclandが加わって活動を始め、後にRipponに代わってPhil Kingが加入した。
初期のLushは、深くエフェクトをかけたギターと柔らかな女性ボーカルを重ねることで、シューゲイズやドリームポップを代表する存在となった。Cocteau Twinsなどを送り出した4ADから作品を発表したことも、その幻想的なイメージを強めている。
しかし、Lushは「きれいな音のシューゲイズ」だけでは説明できない。もともとパンクやポストパンクから強い影響を受けており、曲の中心には覚えやすいメロディがある。1990年代半ばにはギターの霧を薄くし、より直接的なポップへ変化した。「Sweetness and Light」から「Ladykillers」までを並べて聴くと、Lushがシューゲイズからブリットポップの時代までを独自の方法で歩いたバンドだったことが分かる。
Lushの背景と歴史
Lushは1988年、ロンドンで結成された。
Miki BerenyiとEmma Andersonはそれ以前から友人で、ロンドンのインディー音楽シーンと深く関わっていた。Berenyiがボーカルとギター、Andersonがギターを担当し、Steve RipponとChris Aclandを加えてバンドとしての活動を本格化させる。
初期には「Baby Machines」という名前も使っていたが、やがてLushへ変更した。
当時のイギリスでは、1980年代のポストパンクから派生したさまざまなインディーロックが広がっていた。The Jesus and Mary Chainのように大量のギターノイズを使うバンドがいる一方、Cocteau Twinsのようにギターを幻想的な音へ変えるグループもいた。
Lushは、そうした流れの中から登場した。
大きな転機となったのが4ADとの契約である。1989年にミニアルバムScarを発表。その後のEP作品と合わせ、初期音源をまとめたGalaが1990年にリリースされた。
この頃には「De-Luxe」「Sweetness and Light」など、初期Lushを代表する曲が生まれている。
同じ時期にはMy Bloody Valentine、Ride、Slowdive、Chapterhouseなど、エフェクトを多用したギターを特徴とするバンドが次々に登場していた。後に「シューゲイズ」と呼ばれるようになるシーンである。
Lushもその代表的なバンドとして扱われるようになった。
1992年には最初のフルアルバムとして制作されたSpookyを発表する。プロデューサーはCocteau TwinsのRobin Guthrie。何層にも重ねたギターとボーカルによって、Lushの幻想的な部分を強く押し出した作品となった。
続く1994年のSplitでは、より暗く内向的な方向へ進む。しかし商業的には苦戦し、シューゲイズそのものもイギリスの音楽メディアで急速に勢いを失っていた。
そこでLushは大きく方向を変える。
1996年のLovelifeでは、ギターを以前より明確に聞かせ、短く直接的なポップソングを増やした。「Single Girl」「Ladykillers」「500 (Shake Baby Shake)」などがヒットし、ブリットポップ全盛期のイギリスで再び大きな注目を集める。
しかし同年、Chris Aclandが亡くなる。
長年の友人でもあったAclandの死はメンバーに大きな衝撃を与え、Lushは活動を停止。1998年に正式な解散が発表された。
長い空白を経て、Lushは2015年に再結成する。翌2016年には新曲を収録したEPBlind Spotを発表し、ライブ活動も行った。だが再結成は長くは続かず、同年末に再び活動を終了している。
Lushの音楽スタイルと特徴
初期Lushの最大の特徴は、ギターが普通のギターらしく聞こえないことである。
Miki BerenyiとEmma Andersonは、リバーブやディレイ、コーラスなどのエフェクトを使い、音を大きく広げる。コードを鳴らしても輪郭がはっきり残らず、前に鳴った音と次の音が重なっていく。
そのため、ギターが一枚の壁というより、霧のように曲全体を包んでいるように聞こえる。
ここにBerenyiとAndersonの声が加わる。Lushでは一人の強烈なリードボーカルが曲を支配するというより、複数の声を重ねて音の一部として聞かせる場面が多い。
この方法がドリームポップ的な浮遊感を生み出している。
しかし、ギターの音だけを聴いているとLushの重要な部分を見落とす。
Emma Andersonを中心とした曲作りには、非常に強いポップ感覚がある。ノイズやエフェクトを取り除けば、短く覚えやすいメロディを持つ曲が多い。
リズム隊も重要だ。Chris Aclandのドラムは幻想的なギターの後ろでぼんやり鳴るのではなく、かなり力強い。曲によっては速いビートを使い、ギターの浮遊感とは反対に演奏を前へ押し出す。
さらに歌詞は、音の美しさとは必ずしも一致しない。
恋愛、人間関係、嫉妬、欲望、失望などが扱われ、かなり辛辣な言葉が出てくることもある。幻想的な音の中で現実的な人間関係を歌う。このギャップもLushの個性だった。
Lushの代表曲
「De-Luxe」
初期Lushを代表する曲であり、バンドのシューゲイズ的な特徴を理解しやすい。
ギターは深いエフェクトによって何層にも重なり、ボーカルもその中へ溶け込んでいる。しかしドラムはかなり力強く、曲全体には勢いがある。
幻想的だからといって静かなわけではない。大音量のギターと美しいメロディが同時に存在するという、初期Lushの基本がよく表れた曲である。
「Sweetness and Light」
Lushの代表曲として特に重要な一曲である。
タイトル通り明るく輝くようなギターが広がり、その上に柔らかなボーカルが重なる。音は大量に鳴っているのに重苦しくならず、むしろ空へ浮かんでいくような感覚がある。
シューゲイズの「ノイズ」とドリームポップの「美しさ」が非常に分かりやすい形で一つになっている。Lushの初期サウンドを知るうえで中心となる曲だ。
「For Love」
1992年のSpookyに収録された代表曲である。
初期EPの曲と比べると、ボーカルとメロディがより前へ出ている。大量のギターエフェクトは残っているが、その中に明確なポップソングがあることが分かりやすい。
Lushが単純に雰囲気だけを楽しむバンドではなく、メロディを書く力を持っていたことを示す曲である。
「Ladykillers」
1996年のLovelifeを代表する曲で、初期Lushとはかなり違う音になっている。
ギターの輪郭ははっきりしており、曲も短く直接的だ。Berenyiのボーカルも幻想的に響かせるというより、歌詞を明確に聞かせる方向へ変わっている。
歌詞では、女性に対して自信満々に振る舞う男性の態度を辛辣に描いている。美しい音の中に言葉を隠していた初期から、皮肉や怒りを正面へ出すようになった後期Lushを理解できる曲だ。
「Single Girl」
こちらもLovelifeからの代表曲である。
明るいギターと軽快なテンポを持ち、1990年代半ばのUKギターポップらしい聞きやすさがある。初期作品のような厚い音の霧は大きく後退した。
一方、メロディの作り方には昔からのLushらしさが残っている。シューゲイズからギターポップへ変化しても、バンドの中心にあったのはポップな曲作りだったことがよく分かる。
アルバムごとに見るLushの進化
Gala(1990年)
Galaは通常のスタジオアルバムとは少し異なり、それまでに発表されたScarやEPなどの初期音源をまとめた作品である。
「De-Luxe」「Sweetness and Light」などを収録しており、初期Lushを知るには欠かせない。
ギターには大量のエフェクトが使われ、音の境界が曖昧になっている。その中からBerenyiとAndersonの柔らかな声が聞こえてくる。
一方で、演奏にはパンクから受け継いだ勢いも残っている。後のドリームポップに通じる美しさと、若いインディーバンドらしい荒々しさが同時に存在する作品だ。
Spooky(1992年)
Lushが初めてフルアルバムとして制作した作品である。
プロデューサーにはCocteau TwinsのRobin Guthrieを迎えた。そのため、初期からあった幻想的な音がさらに強くなっている。
ギターは何層にも重なり、ボーカルにも深い残響がかけられている。どの楽器がどこで鳴っているのか分からなくなるほど、全体を一つの大きな音として聞かせる場面もある。
「For Love」のようにポップな曲もあるが、アルバム全体ではサウンドの美しさが強く前面に出ている。
Lushがシューゲイズ/ドリームポップの代表格として知られるようになった時期を最も分かりやすく伝える作品である。
Split(1994年)
Splitでは、Spookyの幻想的な音を残しながら、より暗く感情的な方向へ進んだ。
前作よりも音に強弱がある。静かな部分ではギターと声をじっくり聞かせ、必要な場面では一気に大音量になる。
歌詞にも内向的な雰囲気が強まり、初期のキラキラしたイメージとは少し違ったLushが見える。
しかし、この頃にはイギリスの音楽シーン自体が大きく変化していた。シューゲイズへのメディアの関心は薄れ、Suede、Blur、Oasisなどを中心とした新しい英国ロックが注目を集め始める。
Lushも次の作品では大きな方向転換を行うことになる。
Lovelife(1996年)
Lush最大の商業的成功につながったアルバムである。
SpookyやSplitと比べると、違いはすぐに分かる。深いエフェクトの中へギターを隠すのではなく、一つ一つの音をはっきり聞かせる。曲も短くなり、サビが明確になった。
「Single Girl」「Ladykillers」「500 (Shake Baby Shake)」など、直接的なギターポップが中心となっている。
PulpのJarvis Cockerとデュエットした「Ciao!」も収録されており、ブリットポップ全盛期の空気を強く感じる作品だ。
ただし、単純に流行へ乗っただけと考えるとLushの変化を見誤る。もともと彼女たちの曲には強いポップメロディがあった。Lovelifeでは、それまでエフェクトの奥にあった部分を前面へ出したとも考えられる。
結果的に、これがChris Aclandの生前最後のLushのアルバムとなった。
Blind Spot(2016年)
再結成後、約20年ぶりに発表された4曲入りEPである。
ここではLovelifeのギターポップをそのまま続けるのではなく、初期Lushを思わせる浮遊感が戻っている。
しかし単純な過去の再現でもない。ギターとボーカルには以前より余裕があり、若い頃のように大量の音で空間を埋める必要がなくなっている。
長い空白を経たBerenyiとAndersonが、自分たちの特徴だった美しいギターとハーモニーを改めて見直したような作品である。
Lushが影響を受けた音楽
Lushの音楽的な背景を考えるうえで重要なのが、Cocteau Twinsである。
特に初期Lushの、ギターをエフェクトによって幻想的な音へ変える方法には明確なつながりを感じられる。SpookyをCocteau TwinsのRobin Guthrieがプロデュースしたことで、その共通点はさらに強くなった。
一方、Lushのルーツにはパンクやポストパンクもある。
Miki BerenyiやEmma Andersonは、1980年代のロンドンのインディー文化から登場した世代である。初期の演奏に残る荒々しさや、ロックバンドとしてのDIY的な姿勢はこの背景と切り離せない。
The Jesus and Mary Chainなどが広げた、ポップなメロディと大量のギターノイズを組み合わせる方法とも共通点がある。
また、Lushは1960年代的なポップメロディにも親しんでいた。だからこそギターエフェクトを減らしたLovelifeでも曲そのものが成立した。Lushにとってシューゲイズは音楽のすべてではなく、優れたポップソングを鳴らすための方法の一つだったのである。
Lushとシューゲイズ、ドリームポップ
LushはMy Bloody Valentine、Ride、Slowdiveなどとともに、1990年代初頭のシューゲイズを代表するバンドとして扱われている。
ただし、それぞれの音はかなり違う。
My Bloody Valentineはギターの音程まで揺れて聞こえる巨大なノイズを作り、Rideはよりロックバンドらしい疾走感を持っていた。Slowdiveはゆっくりと広がる幻想的な空間を得意とした。
Lushはその中でも、女性ボーカルのハーモニーとポップなメロディが特に目立つ。
この部分ではドリームポップとのつながりが強い。シューゲイズの大音量ギターを使いながら、声は柔らかく、曲には明るく夢のような感触がある。
一方でLush自身は、当時の「シューゲイザー」という呼ばれ方に単純に収まる存在ではなかった。
1990年代半ばになるとシューゲイズから離れ、ギターポップへ進んだからだ。キャリア全体を見ると、Lushはシューゲイズという一つのジャンルより、1980年代末から1990年代半ばまでのUKインディーロックの変化を横断したバンドとして理解するほうが実像に近い。
Lushが後の音楽に残した影響
Lushが活動を終えた1990年代後半には、シューゲイズ自体が一度「過去の音楽」のように扱われる時期があった。
しかし2000年代以降、状況は変わっていく。
シューゲイズやドリームポップを新しい世代が再発見し、深いリバーブをかけたギター、柔らかなボーカル、ノイズと美しいメロディを組み合わせる方法が再び広がった。
その流れの中で、My Bloody ValentineやSlowdiveと並んでLushも重要な存在として見直されていった。
特にLushが残したのは、「シューゲイズは暗く重い音楽でなければならないわけではない」という例である。ギターを大量に重ねながら、明るくキャッチーなポップソングを作ることもできた。
さらにMiki BerenyiとEmma Andersonという2人の女性が、ボーカルだけではなくギターと作曲の中心を担ったことも重要だった。男性が多数を占めていた当時のUKインディー・シーンで、女性ミュージシャンがバンドの音楽そのものを作る存在として広く知られた。
現在のシューゲイズやドリームポップにも、重いギターノイズと柔らかな歌声を組み合わせるバンドは多い。Lushはその方法を1990年代初頭に高い完成度で鳴らした先駆的な存在の一つだった。
まとめ
Lushは、幻想的なギターと美しい女性ボーカルのハーモニーによって、1990年代初頭のシューゲイズとドリームポップを代表する存在となったバンドである。しかし、その魅力はエフェクトを大量に使った音だけではない。中心には常に短く覚えやすいポップメロディがあった。
GalaやSpookyではギターを霧のように重ね、Splitではより暗く感情的な方向へ進み、Lovelifeではその霧を取り払って直接的なギターポップへ変化した。シューゲイズの流行と衰退、ブリットポップの登場という激しく変化した時代を歩きながら、それでもLushらしいメロディは失われなかった。ノイズの美しさとポップソングの親しみやすさを自然につないだことが、Lushが後のシューゲイズやドリームポップにもつながる重要なUKインディーバンドである理由だ。


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