1. 歌詞の概要
「Loving You」は、アメリカ・ロサンゼルス出身のドリームポップ・バンドCannonsが2022年にリリースしたメジャー・アルバム『Fever Dream』に収録された楽曲である。タイトルが示す通り、楽曲の主軸にあるのは「愛すること」そのものであり、非常にシンプルでストレートな言葉ながら、Cannonsらしい幻想的なサウンドと繊細な表現によって、ただのラブソングではない深みが与えられている。
この曲における「愛」は、必ずしも幸福なものではない。それは時に痛みを伴い、予測できず、しかしそれでもなお止められない衝動として描かれている。感情の高まりと同時に、自分を失うような怖さや切なさも漂い、その“曖昧な幸福”が聴き手の心に静かに染み込んでくる。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Loving You」は、『Fever Dream』の中でも特にリリカルで、感情の奥行きが際立つ一曲である。このアルバムはCannonsにとってメジャー移籍後の初フルアルバムとなっており、サウンドプロダクションや楽曲構成において洗練されたアプローチが試みられている。その中で「Loving You」は、ミシェル・ジョイ(Vo.)のナチュラルな声色が前面に出され、まるで耳元で語りかけられるような親密さを感じさせる。
バンドがこの曲で描こうとしたのは、恋愛の絶頂ではなく、“持続する感情”としての愛のかたちである。それは日常に根ざしたものでもあり、また非現実的な夢の中のようでもある。その揺らぎの中で、愛すること自体がひとつの旅であるという視点が提示されている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“I keep on loving you / Even when you’re gone”
あなたがいなくなっても、私はあなたを愛し続けている“And every time I try to leave / I’m holding on”
離れようとするたびに 私はまだ手を離せずにいる“I fall again / Right into you”
また私は落ちていく あなたの中へ、もう一度“And I can’t help loving you”
愛さずにはいられないの“Even when it’s wrong”
たとえそれが間違っていたとしても
引用元:Genius
4. 歌詞の考察
「Loving You」は、関係性の中で生まれる矛盾や葛藤を、きわめて優しく、詩的に描き出している。歌詞の語り手は、おそらく何度も関係が壊れそうになったり、実際に終わってしまった経験を抱えている。しかし、理屈ではない“愛する気持ち”が、いつも彼女を引き戻してしまう。
この曲において「愛すること」は、一方的で抑えられない力として描かれており、そこには主体的な意思よりも、むしろ抗いきれない感情の流れがある。たとえその愛が報われなかったとしても、間違っていたとしても、やめられない。その苦しさと美しさが、歌詞の中に同居しているのだ。
特に「Even when it’s wrong(たとえそれが間違っていたとしても)」という一節は、この楽曲の核とも言える部分である。愛が正しいかどうかということを超えたところに、ただ“愛し続けるという行為”そのものがある。この諦念と執着が、決して激しい叫びではなく、囁きのような歌声で語られることにより、リスナーの心に深く沁みていく。
Cannonsの持ち味である“サウンドと感情の同調”も、この楽曲で見事に発揮されている。淡く揺れるシンセ、緩やかに脈打つビート、切なさを孕んだギター。全てが歌詞の「やめられない愛」というテーマを支えるように配され、聴き手はいつの間にかその感情の海に静かに沈み込んでいく。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Love in Mine by Big Thief
静かで、しかし魂に触れるような愛の歌。失うことを前提とした愛の持続がテーマ。 - My Kind of Woman by Mac DeMarco
抑えきれない愛情と、それに伴う不安定な気持ちが、ゆったりとしたサウンドで語られる。 - Night Drive by Ari Lennox
愛に溺れていく過程を、官能的かつ感情的に描いたスムースR&B。Cannonsの美学と共鳴する。 - Roslyn by Bon Iver & St. Vincent
内省的で深く沈むような愛の表現。控えめなサウンドに乗せた感情の深度が印象的。 - Someone New by Banks
感情の矛盾や未練をそのまま肯定するような歌詞世界が、「Loving You」と共振する。
6. やめられないことの美しさ――Cannonsが奏でる“受け入れる愛”
「Loving You」は、どこまでも私的で、極めて普遍的な感情を描いた楽曲である。Cannonsはこの曲を通して、「どうしようもない感情」を肯定している。つまり、愛が正しくなくても、報われなくても、それでも愛してしまうということ。その不完全さや未完成さを、彼らは否定するどころか、美しさとして捉えている。
現代の恋愛ソングの多くが、強さや自己肯定、癒しといった明快なメッセージを打ち出す中で、「Loving You」は、何も整理されていないままの感情に寄り添い、決して断定せず、ただそこに“ある”という事実を描き出している。
この曲は、「愛することの意味」を答えで示すのではなく、その問いの中にずっと留まり続ける。その態度こそが、Cannonsの音楽の誠実さであり、だからこそ多くの人の心をそっと掴むのだろう。
「Loving You」は、“きっといつか忘れられる”という希望ではなく、“きっとずっと忘れられない”という静かな真実を、そっと手渡してくれる。そんな一曲なのである。
コメント