
1. 楽曲の概要
「Son of Sam」は、Elliott Smithが2000年に発表した5作目のスタジオアルバム『Figure 8』のオープニング曲である。アルバムは2000年4月18日にDreamWorks Recordsから発売され、「Son of Sam」はその1週間前の4月11日にシングルとしてリリースされた。演奏時間は約3分4秒。作詞・作曲はElliott Smith、プロデュースはSmith自身とTom Rothrock、Rob Schnapfが担当している。
『Figure 8』は、1998年の『XO』で大きく拡張されたSmithのスタジオ志向をさらに推し進めた作品である。初期の『Roman Candle』『Elliott Smith』ではアコースティックギターと多重録音された声を中心にしていたが、『Figure 8』ではピアノ、オルガン、エレクトリックギター、ドラム、ストリングスなどを積極的に使用している。
「Son of Sam」は、その変化をアルバム冒頭で即座に示す。
ピアノとギターによる明快なコード進行、強いドラム、厚いハーモニーが使われ、Smithのキャリアでも特にパワーポップ色が濃い。内向的なシンガーソングライターという一般的なイメージとは異なり、The BeatlesやBig Starに通じる、非常に構築されたポップソングとして作られている。
タイトルは1970年代のニューヨークで「Son of Sam」を名乗った連続殺人犯David Berkowitzを連想させるが、Smith本人はこの曲がBerkowitzについて直接書かれたものではないと明言している。
彼によれば、歌詞は前夜に見た夢を誰かへ説明するようなものであり、「Son of Sam」やヒンドゥー教の神Shivaなど、破壊と創造を連想させる人物・象徴が断片的に現れる。
そのためこの曲は犯罪者の伝記ではなく、自分の内部に存在する破壊的衝動や、そこから何か新しいものを生み出そうとする感覚を扱った曲として読む方が適切である。
2. 歌詞の概要
「Son of Sam」の歌詞には、一つの明確な物語がない。
語り手は自分自身を説明しているようでありながら、その自己像は次々と変化する。危険な人物、夢の中の人物、何かを破壊する人物、そして自分自身の行動を外側から観察している人物が重なっている。
タイトルの「Son of Sam」は、その不安定な自己像の一つである。
David Berkowitzという実在人物を知っていれば、暴力、狂気、自己神話化といったイメージが自然に生まれる。しかしSmithは、その人物についての歌ではないと説明している。
つまり「Son of Sam」は固有名詞でありながら、象徴として使われている。
歌詞にはShivaも登場する。
ヒンドゥー教におけるShivaは、破壊と再生に関係する神として広く知られている。
この言葉を「Son of Sam」と並べることで、単純な暴力と、何かを壊して別のものを作る行為とが一つの歌詞の中で重なる。
ここから見えてくるのは、自己破壊と創造の近さである。
Smithの作品では以前から、アルコール、孤独、依存、失敗、自己嫌悪といった題材が頻繁に登場した。
しかし「Son of Sam」では、それを悲しい告白として書くより、自分の内部にいる複数の人物を夢のように並べる。
そのため『Either/Or』期の直接的な内省より、歌詞が断片化している。
これはSmith自身が『Figure 8』について「より断片的で夢のような」歌詞になったと説明していたこととも一致する。
3. 制作背景・時代背景
『Figure 8』はElliott Smithが生前に発表した最後のスタジオアルバムである。
1997年の『Either/Or』と映画『Good Will Hunting』をきっかけにSmithの知名度は急上昇し、1998年には「Miss Misery」がアカデミー賞歌曲賞へノミネートされた。Smithは授賞式でこの曲を演奏し、それまでの小規模なインディーシーンから一気に大きな音楽産業の中へ入った。
同年の『XO』ではDreamWorksへ移籍し、より豊かなスタジオ録音を始める。
『Figure 8』ではその方向をさらに進めた。
録音はロサンゼルスのSunset Sound、Capitol Studios、Sonora Studiosなどに加え、ロンドンのAbbey Road Studiosでも行われている。
Abbey Roadでの録音はSmithにとって特に意味が大きかった。
彼はThe Beatlesから強い影響を受けており、メロディやコード進行、多重録音の方法にもその影響が長く表れていた。共同プロデューサーのRob Schnapfは後年、Abbey Roadで録音した際、スタジオに置かれていたピアノが「Penny Lane」で使用されたものだと知ったエピソードを振り返っている。
ただし『Figure 8』を単なるBeatles風アルバムと考えるのは適切ではない。
Smithは1960年代的なポップの語法を借りながら、ギターの歪みや不規則なコード、個人的で断片的な歌詞を組み合わせる。
「Son of Sam」はその典型である。
曲の長さは約3分しかない。
構成もコンパクト。
しかしピアノ、ギター、ベース、ドラム、オルガン、ボーカルが細かく重なり、短時間に非常に多くの情報が入っている。
Smithが自宅録音中心のシンガーソングライターから、スタジオそのものを作曲道具として使う音楽家へ進んだことがよく分かる。
4. 歌詞の抜粋と和訳
Son of Sam
和訳:
サムの息子
タイトルだけを見ると、David Berkowitzを直接指しているように見える。
しかしSmith本人は、その解釈を明確に否定している。
彼はこの曲について、連続殺人犯を題材にした歌ではなく、「昨晩見た夢を誰かへ説明するようなもの」と語っている。
つまり「Son of Sam」は、歌詞の中で一つの役割を演じるイメージである。
実在の犯罪者が持つ暴力的な連想を借りながら、それを語り手の内部にある破壊性へ変換する。
さらに曲中ではShivaのイメージも使われる。
Shivaが破壊だけでなく再生や創造とも結びつくことを考えると、「Son of Sam」の破壊性も単純な悪としてだけ扱われていない。
何かを壊す。
その結果、別のものが生まれる。
Smithが歌を書く行為そのものにも、この構造を重ねることができる。
ただし本人が意味を一つに確定していないため、「この曲は自己破壊についての歌である」と断定するより、複数の破壊的イメージが夢のように接続された歌と捉えるのが妥当である。
歌詞の引用は批評・解説に必要な最小限に限定しており、原詞の権利は各権利者に帰属する。
5. サウンドと歌詞の考察
「Son of Sam」で最初に印象的なのは、ピアノである。
Elliott Smithはアコースティックギターのイメージが強いが、『XO』『Figure 8』ではピアノが重要な作曲楽器になった。
この曲でも、ピアノは背景でコードを補強するだけではない。
短いフレーズと和音によって曲の推進力を作る。
そこへエレクトリックギターが加わる。
ギターは初期Smithのような繊細なフィンガーピッキング中心ではなく、よりロックバンド的な役割を担う。
音は歪んでいるが、グランジのような巨大な壁を作るのではない。
ピアノと競合しない範囲でコードの輪郭を厚くし、曲の途中では鋭いギターブレイクも入る。
このバランスが『Figure 8』らしい。
楽器数は多い。
しかし各パートは完全に一つの塊にはならない。
ピアノ。
ギター。
ベース。
ドラム。
オルガン。
それぞれが別の線として聞こえる。
Smith自身が多数の楽器を担当していることも重要だ。
『Figure 8』の「Son of Sam」では、ボーカル、エレクトリックギター、ピアノ、ベース、ドラム、Hammond organなどをSmith自身が演奏したとクレジットされている。
つまりフルバンドのように聞こえる曲だが、その中心は一人の多重録音である。
これは初期作品から続く方法でもある。
違うのは規模だ。
『Elliott Smith』では二重録音された声とアコースティックギターによって親密な空間を作った。
『Figure 8』では同じ多重録音の発想を、ロックバンド全体へ拡張した。
ボーカルにもその違いが表れている。
Smithの声は依然として大きく張り上げない。
高音域でも少し息を含み、近距離で歌っているように聞こえる。
しかし伴奏は大きい。
このため「小さな声」と「大きなサウンド」が同時に存在する。
通常ならバンドが大きくなれば、歌手もロック的に声量を増やす。
Smithはそうしない。
声の親密さを維持したまま、周囲の音だけを巨大化する。
これが後期Elliott Smithの特徴である。
ドラムも非常に重要だ。
「Son of Sam」はテンポ感が明確で、『Figure 8』の冒頭曲として強く前へ進む。
初期のSmithを「静かなフォーク歌手」として知っている場合、このドラムの存在感はかなり印象が違う。
しかしリズム自体は複雑すぎない。
細かいコード進行や歌詞の情報量を支えるため、ビートは一定の軸を維持する。
その上でギターやピアノが動く。
この構造にはThe Beatlesだけでなく、1970年代のパワーポップとの接点もある。
Big Starのように、非常に強いメロディを持ちながらギターには粗さを残す。
メロディは甘い。
音は少しざらつく。
その組み合わせが「Son of Sam」にもある。
特にコーラスでは、Smithのポップソング作家としての強さが明確になる。
歌詞は夢のようで意味が定まりにくい。
しかし旋律は極めて覚えやすい。
つまり「意味は不安定、メロディは安定」という対比がある。
ここがこの曲を単なる実験的な作品にしない。
初めて聴く人でも旋律を追える。
その一方、歌詞を読み直すと意味が簡単には決まらない。
『Figure 8』というアルバムタイトルとの関係も興味深い。
Smithは「Figure 8」という言葉について、フィギュアスケート選手が8の字を描き続けるイメージを説明している。
そこには終点がない。
完璧に到達することではなく、同じ軌道を繰り返しながら、その動きをできるだけ美しくする。
Smithは「完璧」という考え自体には違和感を持ちながらも、この終わりのない運動には惹かれたと語っている。
「Son of Sam」の歌詞にも似た循環性がある。
一つの人物像へ到達しない。
語り手は破壊者のイメージから別のイメージへ移る。
自分が何者なのかを説明しているようで、説明するほど輪郭が揺れる。
この「到達しない自己認識」は『Figure 8』全体の感覚とよく合う。
前作『XO』との違いも重要である。
『XO』には「Waltz #2 (XO)」「Pitseleh」のように、家族や人間関係を比較的直接的に読み取れる歌が多い。
『Figure 8』では言葉がもう少し断片的になる。
「Son of Sam」はその最初の提示だ。
実在の固有名詞を使う。
神話的な存在を使う。
しかし一つの物語にはしない。
歌詞を現実の出来事へ還元するより、夢の論理で並べる。
そのため音楽も、シンガーソングライター的な告白を越え、大きなポップレコードとして作られる。
ミュージックビデオは写真家としてもSmithと深く関わったAutumn de Wildeが監督した。
白を基調とした空間でSmithが演奏する姿を中心にした比較的シンプルな映像で、歌詞に登場する犯罪や神話を直接映像化していない。
この選択は曲に合っている。
もし「Son of Sam」という題名を文字通り犯罪者の映像へ結びつければ、曲の解釈が一方向へ固定されてしまう。
映像はそうせず、Smith本人と曲の演奏を中心に置く。
結果として、タイトルより音楽そのものへ注意が向く。
また、アルバム1曲目という配置にも意味がある。
『Figure 8』は「Son of Sam」の後に「Somebody That I Used to Know」「Junk Bond Trader」「Everything Reminds Me of Her」と続く。
静かな曲もあるが、全体として『Either/Or』より音響の幅が広い。
その最初に「Son of Sam」を置くことで、Smithは「今回はアコースティックギターだけの作品ではない」と明確に示す。
しかも曲は3分程度で終わる。
大規模なサウンドを使いながら冗長にならない。
この簡潔さが、Elliott Smithの作曲能力を最も分かりやすく示している。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Junk Bond Trader by Elliott Smith
同じ『Figure 8』収録曲。ピアノ、歪んだギター、細かなコード進行が入り組み、「Son of Sam」よりさらに攻撃的なポップサウンドを持つ。後期Smithのバンド的なアレンジを掘り下げるのに適している。
- Stupidity Tries by Elliott Smith
『Figure 8』の中でも壮大な展開を持つ楽曲で、Abbey Road Studiosでのセッションを含むアルバムのスケール感をよく示している。「Son of Sam」にあるBeatles的なポップ感覚をさらに大きくした作品である。
- Waltz #2 (XO) by Elliott Smith
1998年の『XO』を代表する曲。歌詞は「Son of Sam」より直接的だが、複雑なコードと非常に覚えやすいメロディを両立する点で共通する。『Figure 8』へ至るスタジオサウンドの変化も確認できる。
1974年の『Radio City』収録曲。明快なメロディ、厚いギター、少し不安定な感情を約3分のポップソングへまとめる。Elliott Smithのパワーポップ的な側面を理解する上で重要な比較対象である。
- Sexy Sadie by The Beatles
1968年の『The Beatles』収録曲。ピアノを中心としたポップソングに多重ボーカルやギターを重ね、親しみやすさの中へ不穏さを入れる。「Son of Sam」にある後期Beatles的なスタジオ構築との接点を聴き取りやすい。
7. まとめ
「Son of Sam」は、Elliott Smithが2000年の『Figure 8』で、自身の音楽を最も明確にフルスケールのポップへ拡張したことを示すオープニング曲である。
タイトルは実在の連続殺人犯David Berkowitzを連想させる。
しかしSmith本人は、これはBerkowitzについての歌ではないと説明している。
むしろ前夜の夢を説明するように、破壊的な人物やShivaなどの象徴が断片的に現れる歌である。
このため意味を一つへ固定するより、自己の内部にある破壊と創造、複数の人格的イメージが交錯する作品として聴く方が曲の性格に近い。
サウンドでは、Elliott Smithが「静かなアコースティック歌手」というイメージから大きく離れている。
ピアノ、ベース、ドラム、エレクトリックギター、Hammond organ、多重ボーカルを使い、約3分の中に密度の高いパワーポップを構築する。
しかも多くの楽器をSmith本人が演奏している。
これは初期の宅録的な多重録音を、より大規模なスタジオ環境へ拡張したものといえる。
歌声だけは依然として小さく親密だ。
その声の周囲に巨大なアレンジを作ることで、「個人的な歌」と「大きなポップレコード」を同時に成立させた。
『Figure 8』がElliott Smithの生前最後のアルバムになったことから、後からキャリアの終点として聴かれやすい作品でもある。
しかし「Son of Sam」のサウンド自体は終末的ではない。
むしろ新しい制作方法を試し、ロックバンド、ピアノポップ、スタジオ編集を自由に組み合わせる前向きな創作意欲が強い。
明快なメロディと夢のように断片化した歌詞。
小さな声と大きな演奏。
破壊を示す言葉と、精密に構築されたポップソング。
その複数の対立を3分ほどにまとめた「Son of Sam」は、『Figure 8』だけでなく後期Elliott Smithの作曲とプロダクションを理解するうえで重要な一曲である。
参照元
- AllMusic「Elliott Smith – Figure 8」
- AllMusic「Son of Sam」
- Pitchfork「Elliott Smith: Figure 8」
- Pitchfork「Keep the Things You Forgot: An Elliott Smith Oral History」
- Spotify「Son of Sam」
- Abbey Road Studios

コメント