アルバムレビュー:Vampire on Titus by Guided by Voices

発売日: 1993年
ジャンル: ローファイ・ロック、ノイズポップ、アヴァン・インディー


壊れたマイクと吸血鬼——GBVが“音の亡霊”となってさまよった記録

『Vampire on Titus』は、Guided by Voicesが1993年にリリースした6作目のアルバムであり、
それまでのローファイ路線をさらに先鋭化させた、“最も謎めいてノイジーなGBV作品”である。

前作『Propeller』で一度バンド活動を終了させたロバート・ポラードが、
弟ジムやトビン・スプレンスとともに録音した本作は、ほとんどガレージの亡霊たちの音楽であり、
メロディは埋もれ、音像は飽和し、リスナーは混乱と魅了のはざまで揺れ続ける。

“Vampire on Titus”というタイトルは、バンドが暮らしていたオハイオ州デイトンのTitus通りと、
“吸血鬼”という不気味なイメージの組み合わせによる、自画像的パロディとも読める。

まるで地下で腐敗していくポップミュージックのミイラが、再び音を出し始めたかのような、
そんな不穏で美しい記録がここにある。


全曲レビュー

1. Wished I Was a Giant

重たく濁ったギターに乗せて始まる本作。
まるで“巨人になれなかった”者の悲哀を、そのまま音にしたようなサウンドと歌詞。
“成功できないこと”のロック讃歌。

2. #2 in the Model Home Series

タイトル通り、“モデルハウスシリーズ第2弾”という設定自体が謎。
短くもアート的なコラージュ感覚が光る。
GBV流の「住まない家」のドローイング。

3. Expecting Brainchild

音の断片と不穏なコード進行。
“期待されるブレインチャイルド=頭でっかちな子ども”への皮肉と愛が共存。

4. Superior Sector Janitor X

タイトルだけでSFとパンクを同時に呼び起こす。
一体何者なのか? それは語られず、ただ音だけが回転する。

5. Don’t Stop Now

唯一、ほんのりとした“ポップの気配”が現れる。
だがそれもすぐに崩れ、フィードバックの渦へと消える。

6. My Impression Now

のちに『Bee Thousand』期にも再録される名曲の原型。
粗い録音にもかかわらず、GBVのメロディ美がかすかに輝く瞬間。
この曲こそ、“闇の中の小さな灯火”。

7. Dusted

文字通り、埃まみれのような質感のパンクナンバー。
疾走しながら何かが壊れていく気配が心地よい。

8. Marchers in Orange

マーチのようでマーチではない。
“オレンジの行進者たち”という抽象的なイメージが、
サイケと戦争と幻想を一気に運んでくる。

9. Sot

“酔っ払い”というタイトルにふさわしく、
ぐらついたリズムと意味不明なノイズが襲いかかる。
混沌の極み。

10. World of Fun

楽しさの“ふり”をしたサディスティックな音像。
ポラード流のアイロニーと幻滅。

11. Jar of Cardinals

『Vampire on Titus』の中で最も叙情的な瞬間。
壊れたギターと歪んだ声が、美しい傷のように心に残る。


総評

『Vampire on Titus』は、Guided by Voicesが完全に“ポップミュージックの幽霊”になった瞬間の記録である。
そこには構造も整合性もない。あるのは、壊れたテープレコーダーと、腐りかけのメロディ、
そして「それでも音を鳴らしたい」という衝動だけだ。

この作品を聴くということは、“音楽”の輪郭が曖昧になる瞬間に立ち会うということでもある。
『Bee Thousand』の完成度とは正反対の、混沌のまま保存された負の傑作。

それでもこのアルバムには、
Guided by Voicesという存在のもっとも誠実な姿が封じ込められている。

壊れていて、歪んでいて、それでも鳴っている——
それが“吸血鬼”と化した彼らの、デイトンの夜のささやきなのだ。


おすすめアルバム

  • 『Bee Thousand』 by Guided by Voices
     『Vampire on Titus』の暗黒性から解放された、メロディの宝庫。

  • 『Twin Infinitives』 by Royal Trux
     ローファイとノイズと美学の混沌。完全な兄弟的作品。

  • 『Red Apple Falls』 by Smog
     音の隙間と悲しみの詩学が交差する、スロー・ローファイの名作。

  • 『You Turn Me On’』 by Beat Happening
     素朴で壊れたポップの美学を共有するローファイ・クラシック。

  • 『Sings Reign Rebuilder』 by Set Fire to Flames
     崩壊寸前の音世界の中に響く幽玄。GBVの即興的側面と親和。

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