アルバムレビュー:Sandbox by Guided by Voices

発売日: 1987年8月
ジャンル: ローファイ・ロック、パワーポップ、ガレージロック


箱庭に咲いたギターの残像——“普通になろうとした”GBVの異色作

『Sandbox』は、Guided by Voicesが1987年に自主制作で発表した2ndアルバムであり、
デビュー作『Devil Between My Toes』でのローファイ・カオスから一転、
より“まともなロックアルバム”を志向した試みが記録された作品である。

“まとも”といっても、それはあくまでGBV基準での話。
制作当時のロバート・ポラードは「ヒット曲を作るぞ」と意気込み、
アリーナロックやパワーポップの影響を取り入れたが、
結果として中途半端なローファイのまま“奇妙なポップソング集”に着地することとなった。

この試行錯誤の中にこそ、後のGBVサウンドの鍵となる“ポップの断片性”
“ホームメイドなアンセム感”が芽生えている。


全曲レビュー

1. Lips of Steel

オープニングから比較的クリアなサウンドで驚かされる。
力強いギターリフとボーカルが交差し、“真っ当なロック”を志す姿勢が伝わる。
だがその“志”すらどこかいびつなのがGBVらしさ。

2. A Visit to the Creep Doctor

キャッチーなコード進行とシュールなタイトルのギャップ。
“クリープドクター”という謎の存在が、ポラードのイメージ喚起の妙を物語る。

3. Everyday

ポラードによるソングライティングが洗練されはじめたことを示す佳曲。
平凡なタイトルと裏腹に、リズムの引っかかりやミックスの荒さが逆に魅力となっている。

4. Barricade

アリーナロックのパロディのようなギターリフ。
だが構成はあくまで奇妙で、どこか空中分解しているような不安定さが魅力。

5. Get to Know the Ropes

メロディの完成度が高く、まるで“失われた70sポップス”のような浮遊感。
音像は粗いが、その中に“歌”としての核が確かに存在している。

6. Can’t Stop

タイトル通りのテンポと勢い。
ガレージパンクに寄りすぎず、ポップの意志を保った短編的な疾走感が心地よい。

7. The Drinking Jim Crow

政治的なタイトルとは裏腹に、曲自体はノイズと語りの中間のような構成。
初期GBVにしばしば見られる“アイデアの断片”型トラック。

8. Trap Soul Door

空気が一変するようなエコー処理と内省的なコード。
アルバム中でもっとも異色で、GBVの“ポップと不安の二重性”が顕著に現れている。

9. Common Rebels

意外なほどにストレートなメッセージ性とメロディライン。
この時期にしては異様なほどキャッチーで、
“共通の反逆者”たちへの内なる賛歌のようにも聴こえる。

10. Long Distance Man

ポップだが寂しげ、親密でありながら遠い。
まるでカセットテープ越しにしか届かないようなエモーションがにじみ出る。

11. I Certainly Hope Not

締めくくりは、言葉遊びのようなタイトルと裏腹な、淡々とした曲調。
“おそらく、そうではないことを願う”という控えめな否定が、GBVの美学そのものだ。


総評

『Sandbox』は、Guided by Voicesが一度“普通のロックバンド”になろうとした軌跡である。
だがその“普通さ”を志すほど、むしろ彼らの異常さが際立ってしまう——そんなパラドックスが全編を支配している。

ここには明確なビジョンや構築された世界観はない。
だが、壊れかけのポップソングたちが散らばる様は、まるで砂場で夢中になって何かを作っている子どものようで、
それが後年の傑作群への“予告編”のようにも思えてくる。

『Sandbox』というタイトルは、実験の場であり、未完成な創造の比喩。
このアルバムこそが、GBVという壊れた天才たちの遊び場だったのかもしれない。


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