
発売日:1980年4月28日
ジャンル:ロック/ジャム・バンド/カントリーロック/ディスコ・ロック/ソフトロック
概要
Grateful Deadの『Go to Heaven』は、1980年にArista Recordsから発表された通算11作目のスタジオ・アルバムである。1970年代後半の『Terrapin Station』(1977年)、『Shakedown Street』(1978年)に続く作品であり、バンドがサイケデリック・ロックやカントリー、ブルース、フォーク、ジャズ的即興性を軸にしながら、同時代のポップ/ディスコ/AOR的な音像へ接近していた時期の重要作にあたる。
本作の大きな特徴は、キーボーディストのBrent Mydlandが正式メンバーとして初めて参加したスタジオ・アルバムである点にある。Keith GodchauxとDonna Jean Godchauxの脱退後、Mydlandの加入はバンドのサウンドに新しい色彩をもたらした。彼のエレクトリック・ピアノ、オルガン、シンセサイザー、そしてややソウルフルで明瞭な歌声は、80年代のGrateful Deadを形成する重要な要素となる。
一方で、『Go to Heaven』は発表当時、ファンや批評家から賛否を受けた作品でもある。ジャケット写真ではメンバーが白いスーツを着用しており、ディスコ時代の残響を思わせるビジュアルが、従来のヒッピー的イメージと大きく異なっていた。そのため、音楽そのもの以上に「Grateful Deadが時代に迎合した」という印象を与えた面もある。
しかし内容を丁寧に聴くと、本作は単なる商業的妥協作ではない。確かに『Workingman’s Dead』(1970年)や『American Beauty』(1970年)のような素朴な名盤感、あるいは『Live/Dead』(1969年)のような深い即興性は前面に出ていない。だが、Jerry GarciaとRobert Hunterによる楽曲、Bob WeirとJohn Perry Barlowによる楽曲、そしてBrent Mydlandの新しい作曲センスが交差し、バンドが80年代へ進むための転換点として機能している。
特に「Althea」「Feel Like a Stranger」「Lost Sailor」「Saint of Circumstance」は、後のライヴ・レパートリーでも重要な位置を占めることになる。つまり『Go to Heaven』は、スタジオ・アルバムとしての評価だけでなく、Grateful Deadのライヴ文化に新しい楽曲群を供給した作品として見るべきアルバムである。
全曲レビュー
1. Alabama Getaway
アルバム冒頭を飾る「Alabama Getaway」は、Jerry GarciaとRobert Hunterによる軽快なロックンロール・ナンバーである。Grateful Deadの楽曲としては比較的コンパクトで、即興的な広がりよりも、リフとメロディの勢いを重視した構成になっている。
歌詞には、逃走、追跡、土地にまつわる不穏な空気が漂う。Hunterらしいアメリカ南部的な情景描写が見られ、明るい演奏の裏に、どこか危険な物語性が潜んでいる。タイトルの“Alabama”は地理的な意味だけでなく、アメリカ南部の歴史や神話性を呼び込む言葉として機能している。
音楽的には、Garciaのギターが軽やかに跳ね、リズム隊はシンプルながらも推進力を保つ。Grateful Deadの複雑なジャムを期待すると物足りないかもしれないが、アルバムの入口としては非常に明快で、80年代初頭のロック市場にも適応可能なキャッチーさを持っている。
2. Far From Me
Brent Mydland作の「Far From Me」は、本作における新体制の象徴的な楽曲である。Mydlandの加入によって、Grateful Deadはよりソウルフルで都会的な感触を手に入れたが、この曲はその変化を分かりやすく示している。
歌詞は恋愛関係の距離感や喪失感を扱っており、従来のHunter的な寓話性よりも直接的で個人的である。この率直さは、Mydlandの楽曲の特徴でもある。GarciaやWeirの曲がしばしば神話的、文学的、あるいはアメリカーナ的な広がりを持つのに対し、Mydlandの曲は感情の瞬間を正面から描く傾向がある。
演奏面では、キーボードが中心的役割を担い、バンド全体も比較的タイトにまとまっている。Grateful Deadの楽曲としてはポップ寄りだが、Mydlandの存在感を示すには十分な一曲であり、80年代以降のバンド・サウンドの方向性を予告している。
3. Althea
「Althea」は、本作最大の成果のひとつであり、Grateful Dead後期レパートリーの中でも特に評価の高い楽曲である。GarciaとHunterによるこの曲は、ゆったりとしたテンポ、ブルージーなギター、抑制されたグルーヴによって構成されている。
歌詞では、語り手とAltheaという人物との対話が描かれる。Altheaは現実の女性であると同時に、良心、記憶、運命、あるいは語り手の内面を映す存在としても読める。Hunterの歌詞らしく、具体的な物語を明示しすぎず、断片的な言葉によって心理的な奥行きを作り出している。
音楽的には、Garciaのギターが大きな魅力である。派手なソロではなく、隙間を活かしたフレーズが曲全体に陰影を与える。リズムは柔らかく、ベースとドラムは歌を支えながら、独特の揺れを生み出している。スタジオ録音では比較的短くまとめられているが、ライヴではより深く展開され、バンドの即興性を引き出す楽曲となった。
4. Feel Like a Stranger
Bob WeirとJohn Perry Barlowによる「Feel Like a Stranger」は、本作の中でも特にファンク/ディスコ的な要素が強い楽曲である。イントロからリズムの刻みが強調され、70年代後半のダンス・ミュージックの影響が明確に表れている。
歌詞は、夜の街、誘惑、匿名性、関係性の不確かさを描く。タイトルの“Stranger”は、他者との距離だけでなく、自分自身が見知らぬ存在になっていく感覚も含んでいる。Weirのヴォーカルは芝居がかったニュアンスを持ち、曲の持つ都会的でやや危険な雰囲気を引き立てている。
Grateful Deadはディスコと相性が悪いように思われがちだが、実際には彼らのリズム感覚や長尺ジャムの文化は、反復とグルーヴを重視するダンス・ミュージックと接点を持っている。この曲はその接点を明確に示すもので、後のライヴではオープニング曲としても頻繁に機能した。
5. Lost Sailor
「Lost Sailor」は、WeirとBarlowによる組曲的な楽曲群の前半にあたる。海、航海、迷子の船乗りというイメージを通じて、人生の不確実性や進むべき方向を見失った感覚を描いている。
音楽的には、浮遊感のあるコード進行とゆったりしたテンポが特徴で、Grateful Deadの幻想的な側面が表れている。シンセサイザーやキーボードの質感も重要で、70年代初期の土臭いサウンドとは異なる、やや冷たい空間性を作り出している。
歌詞は、直接的なメッセージではなく、象徴的なイメージによって構成されている。船乗りは旅人であり、孤独な存在であり、同時にGrateful Deadのリスナー像とも重なる。定住せず、常に移動し、音楽の中に一時的な居場所を見出す感覚が、この曲には込められている。
6. Saint of Circumstance
「Saint of Circumstance」は「Lost Sailor」と対になる楽曲であり、より明るく躍動的な展開を見せる。前曲が迷いを描くなら、この曲はその迷いを抱えたまま進む意志を表現している。
タイトルにある“Circumstance”は、状況、偶然、運命といった意味を持つ。つまり“状況の聖人”とは、自分の力では完全に制御できない現実の中で、それでも前へ進む人物像を示している。Barlowの歌詞は哲学的でありながら、Weirの歌唱によってロック的な勢いを獲得している。
演奏はアルバム後半に向けて大きな山場を作る。リズムは軽快で、ギターとキーボードが絡み合いながら曲を推進する。ライヴでは「Lost Sailor」から連続して演奏されることが多く、Grateful Deadの80年代レパートリーの代表的な流れとなった。
7. Antwerp’s Placebo (The Plumber)
「Antwerp’s Placebo (The Plumber)」は、短いインストゥルメンタル曲であり、アルバム内の小休止のような役割を果たす。Mickey Hart、Bill Kreutzmann、Brent Mydlandによるクレジットで、リズムと音響的な遊びが中心になっている。
Grateful Deadのスタジオ・アルバムには、こうした断片的な実験曲がしばしば配置される。本曲も大きなメロディや歌詞を持つわけではないが、バンドが単なる歌ものロック・バンドではなく、音響やリズムの質感そのものに関心を持っていたことを示している。
アルバム全体の流れでは、Weir作の連続した組曲的展開の後に置かれることで、耳をリセットする役割を果たしている。ただし、単独曲としての存在感は限定的であり、本作の主要な評価軸にはなりにくい。
8. Easy to Love You
Brent MydlandとJohn Perry Barlowによる「Easy to Love You」は、本作の中でも特にメロディアスでソフトロック的な楽曲である。Mydlandの温かいヴォーカルと穏やかなキーボードが中心となり、アルバムに柔らかな表情を与えている。
歌詞は恋愛の喜びと素直な愛情を扱っている。Grateful Deadの歌詞としては珍しいほど直接的で、抽象的な比喩や複雑な物語性よりも、親密な感情の表現が重視されている。この率直さは、Mydlandの楽曲が持つ特徴であり、バンドに新しい感情の領域を加えた。
サウンド面では、AORや70年代後半のソフトロックに近い滑らかさがある。Grateful Deadらしい土臭さや即興性は控えめだが、アルバムの多様性を高める役割を果たしている。
9. Don’t Ease Me In
ラストを飾る「Don’t Ease Me In」は、伝統的なブルース/フォーク曲をGrateful Dead流にアレンジしたもの。彼らはキャリア初期からこの曲を演奏しており、本作の締めくくりに置かれることで、バンドの原点へ回帰するような効果を生んでいる。
軽快なテンポと親しみやすいメロディが特徴で、アルバム内のポップで洗練された楽曲群の後に、アメリカン・ルーツ・ミュージックへの接続を再確認させる。Grateful Deadの本質は、サイケデリック・ロックだけでなく、ブルース、カントリー、フォーク、ゴスペル、ジャズなどを横断するアメリカ音楽の再解釈にある。本曲はその姿勢を端的に示している。
歌詞は恋愛や別れを軽妙に扱っており、深刻さよりも演奏の楽しさが前面に出ている。アルバムを重く締めるのではなく、軽やかに閉じる構成は、Grateful Deadらしい開放感につながっている。
総評
『Go to Heaven』は、Grateful Deadの作品群の中で最高傑作とされることは少ない。しかし、バンドが70年代後半から80年代へ移行する過程を理解する上では極めて重要なアルバムである。Brent Mydlandの加入により、サウンドはより明瞭でポップになり、同時にキーボードを軸とした新しい色彩を獲得した。
本作には、時代の流行に寄せたように聞こえる部分もある。特に「Feel Like a Stranger」のファンク/ディスコ的なリズムや、「Easy to Love You」のソフトロック的な質感は、70年代初頭のGrateful Deadとは明らかに異なる。しかし、それは単なる迎合ではなく、バンドが自らの即興性とアメリカン・ルーツの感覚を、80年代的なサウンドの中で再配置しようとした試みである。
また、本作の価値はスタジオ録音だけでは完結しない。「Althea」「Feel Like a Stranger」「Lost Sailor」「Saint of Circumstance」は、ライヴで成長していく楽曲として重要であり、Grateful Deadというバンドの本質が“完成された録音物”よりも“演奏を通じた変化”にあることを改めて示している。
日本のリスナーにとっては、最初に聴くGrateful Dead作品としてはやや判断が分かれるかもしれない。フォークロック的な美しさを求めるなら『American Beauty』、長尺即興を求めるなら『Live/Dead』の方が適している。しかし、80年代ロック、AOR、ファンク的グルーヴ、そしてライヴ・バンドとしての発展を横断的に理解したい場合、『Go to Heaven』は見逃せない作品である。
このアルバムは、Grateful Deadが過去のスタイルに留まらず、新しい時代の音像へ接近しながらも、自分たちの旅を続けようとした記録である。白いスーツのジャケットが象徴する違和感も含めて、本作はバンドの変化、実験、そして80年代への入口を刻んだ一枚といえる。
おすすめアルバム
- Grateful Dead『Shakedown Street』(1978)
ディスコやファンクの要素を取り入れた前作で、『Go to Heaven』の方向性を理解する上で重要な作品。
– Grateful Dead『Terrapin Station』(1977)
プログレッシヴな構成と壮大なアレンジを持つ作品で、70年代後半の実験性を示す一枚。
– Grateful Dead『American Beauty』(1970)
フォーク、カントリー、ハーモニーを中心とした代表作。バンドのルーツ志向を知るために欠かせない。
– Grateful Dead『Reckoning』(1981)
アコースティック・ライヴ盤。『Go to Heaven』期のバンドが持つルーツ音楽への深い理解を確認できる。
– The Allman Brothers Band『Enlightened Rogues』(1979)
アメリカン・ロック、ブルース、即興演奏の接点を持つ作品で、Grateful Deadの同時代的な文脈を補完する。

コメント