アルバムレビュー:Aoxomoxoa by Grateful Dead

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発売日: 1969年6月20日
ジャンル: サイケデリック・ロック、フォークロック、アシッドロック


音と詞の錬金術——“Aoxomoxoa”という逆さ言葉の迷宮

『Aoxomoxoa(アクソモクソア)』は、Grateful Deadが1969年に発表した3枚目のスタジオ・アルバムであり、
彼らの音楽的・詩的探求が最も密に交差した“精神のラビリンス”のような作品である。

タイトルの「Aoxomoxoa」は前後対称(パリンドローム)となっており、その意味は定かでない。
だが、内容を聴けばすぐにわかる——このアルバムは「意味を超えた響き」を探求するために作られたのだ。

当時の最先端だった16トラック・レコーディング技術が導入され、スタジオ内での音響実験が格段に広がった。
また、本作ではリリック面でもロバート・ハンターの詩が本格的に導入され、
デッドが“ジャムバンド”から“幻視の詩人集団”へと変貌する重要な転機となった。


全曲レビュー

1. St. Stephen

華やかで祝祭的なイントロに始まり、複雑なリズムチェンジと象徴的な詞が絡み合う代表曲。
初期デッドの中でも特に人気が高く、ライヴでは組曲的に展開されることが多かった。
歴史と神話と幻覚が同居した、サイケデリック讃歌の真骨頂。

2. Dupree’s Diamond Blues

ユーモラスでアメリカン・フォーク調のミニ・ストーリー。
宝石泥棒の物語をベースにしながら、寓話的な語りが光る。
ブルースとカントリーが混ざった軽妙なナンバー。

3. Rosemary

本作でもっとも繊細なアコースティック・バラード。
幽霊のように揺れるヴォーカルと、揺らめくようなエコー処理が印象的。
夢と現実の境界を溶かす、短くも美しい小品。

4. Doin’ That Rag

リズミカルで陽気なナンバーながら、歌詞は不可解で象徴的。
「意味があるようで意味がない」言葉遊びに満ちており、ハンターの詩の魔術が際立つ。
コード進行も予測不能で、アルバム全体の“奇妙さ”を代表する一曲。

5. Mountains of the Moon

ルネサンス音楽を思わせるハープシコードとフォークの融合。
中世的な言葉遣いが幻想文学のような世界観をつくり、
“月の山”というタイトルにふさわしい幽玄な空気をまとう。

6. China Cat Sunflower

のちに「I Know You Rider」とのメドレーで有名になる代表曲。
リズムの細かい揺らぎ、ギターのうねり、シュールなイメージの歌詞。
この曲以降の“グルーヴと幻覚”を重視するデッドの方向性を決定づけた。

7. What’s Become of the Baby

本作でもっとも異質で、最も難解なトラック。
詩の朗読にエフェクトが施され、音楽というよりも意識の断片のような構成。
不安と崩壊、美しさと無音が交錯する、聴き手を試すような実験作。

8. Cosmic Charlie

陽気なスロー・グルーヴで幕を閉じるアルバムラスト。
キャラクター性の強い“チャーリー”の存在が、まるで旅の終着点のように登場する。
トボけたユーモアとサイケデリアが絶妙にブレンドされた名曲。


総評

『Aoxomoxoa』は、Grateful Deadが音の深層と詞の迷宮に全力で踏み込んだ、最も密度の高いスタジオ作品である。
演奏の即興性よりも、「スタジオという空間でどれだけ幻覚を現出できるか」に挑戦したその姿勢は、
“サイケデリック・ロック”という言葉の本質を突いている。

また、詩人ロバート・ハンターの登場により、デッドの楽曲は単なるメッセージを超え、
夢と神話と言葉遊びが交差する詩的宇宙へと拡張された。

この作品をもって、彼らは単なるロックバンドから「文化」となっていく。
リスナーに解釈をゆだね、答えのない問いを投げかけ、そしてその曖昧さを音で祝福する。
それが“Aoxomoxoa”という名の魔法陣なのだ。


おすすめアルバム

  • Forever Changes』 by Love
     幻想的かつ象徴的なリリックと、フォーク×サイケの融合。精神的親和性が高い。
  • 『Unhalfbricking』 by Fairport Convention
     トラッド・フォークにサイケ的要素を加えた作品。神秘性が共鳴する。
  • 『The Hangman’s Beautiful Daughter』 by The Incredible String Band
     詩と音の境界を壊す異色のフォーク・サイケ作品。Aoxomoxoaの文脈に近い。
  • After Bathing at Baxter’s』 by Jefferson Airplane
     言葉と音のカオス。サンフランシスコ・サイケの尖端。
  • Trout Mask Replica』 by Captain Beefheart
     よりラジカルに言語と音を解体した怪作。挑戦としてのロックを知るなら必聴。

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