発売日: 1995年9月19日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ポストパンク、エレクトロニック・ロック、インダストリアル・ポップ
ビニールに包まれた欲望と暴力——“密封された90年代”を切り裂く鋭利な再起
『Shrinkwrapped』は、イギリスのポストパンク先駆者Gang of Fourが1995年に発表した7枚目のスタジオ・アルバムであり、
80年代の活動を経て沈黙していたバンドが再び鋭く社会にメスを入れた、鋭角的かつ退廃的な再起作である。
本作は、1991年の『Mall』で打ち出されたテクノロジー社会批評とサンプリング美学をさらに深化させた内容で、
打ち込みビート、サンプリング、ヘヴィなギター、そしてAndy Gillによる冷徹なプロダクションが支配する、
ポストパンクとインダストリアル・ロックの境界線を塗り替える作品となっている。
“Shrinkwrapped=シュリンク包装”というタイトルは、まさに人間の感情、身体、社会的関係が透明な膜の中で無菌的に密封されていく現代社会の象徴。
その皮肉と恐怖を、Gang of Fourは再び音にしてみせた。
全曲レビュー
1. Tattoo
オープニングから不穏な空気が漂う。
タトゥー=身体に刻まれる記憶と所有、欲望とアイデンティティをめぐる問題が、
ギターのカッティングと冷たいリズムで表現される。
2. Sleepwalker
夢遊病者のように無自覚に社会を漂う個人の姿。
催眠的なビートと囁くようなヴォーカルが、不安定な現実感を呼び起こす。
3. I Parade Myself
本作を代表するダークで官能的な楽曲。
「自分自身をパレードする」とは、自己の売春=消費社会におけるアイデンティティの商品化そのもの。
ポストパンクとインダストリアルの見事な融合。
4. Unburden
中盤にして現れる内省的なナンバー。
“荷を下ろす”というテーマに、社会的抑圧からの解放というイメージが重ねられる。
ギターとビートの対話が美しい。
5. Better Him Than Me
攻撃的なギターと即物的なリズムが支配する曲調の中、
他者への投影と排除が描かれる。
暴力性の正当化を疑うような視点が、繰り返しのリリックで強調される。
6. I Absolve You
宗教的な赦しの構造を、皮肉とともに転倒させた一曲。
赦す者と赦される者の関係性を、社会的な権力構造として描き出す。
7. Unburden (Live)
スタジオ版に比べてラフな熱量があり、曲の本質的な痛みが露わになる。
ライブにおけるGang of Fourの鋭さを垣間見せる。
8. Showtime, Valentine
抒情的なギターイントロとともに始まる異色作。
“ヴァレンタイン”=愛の象徴を、ショーとして演じられるフェイクな感情として解体する。
9. Unburden (Reprise)
断片的なリフレインと残響が残る短い再演。
本作の核とも言える「Unburden」の思想を、音の亡霊として再提示する。
総評
『Shrinkwrapped』は、90年代中盤の疲弊したモダン社会に対して、Gang of Fourが投げかけた鋭利な鏡である。
かつてのファンク×パンクの爆発力こそ抑えめだが、その代わりに得たのは冷たく洗練された怒りと、よりパーソナルな不安の造形である。
Andy Gillのプロダクションは、もはや“ギターを弾く”こと以上に“ギターを構成する”という音響工学的アプローチに達しており、
その上に置かれるJon Kingの語りは、個人の無力さと社会構造の不気味さを淡々と暴いていく。
“シュリンク包装された社会”とは、物理的にも精神的にも傷つかないように保護されながら、
実は呼吸もできずに萎縮していく人間の姿そのもの。
その不快さと冷酷さを美しく音にしてみせた『Shrinkwrapped』は、Gang of Fourの“沈黙しない復帰”を刻む異形の傑作である。
おすすめアルバム
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Nine Inch Nails – The Downward Spiral (1994)
インダストリアルと内面の崩壊を結びつけた90s暗黒名盤。冷たさと苦しみの接点。 -
David Bowie – Outside (1995)
同時期の概念的作品。冷たい電子音と近未来的コンセプトが共鳴する。 -
The The – Dusk (1993)
社会批評と個人の精神を行き来する、ポストポップの極北。 -
Massive Attack – Mezzanine (1998)
ポストモダン的な不安とサウンドの重層性が近似。『Shrinkwrapped』の影響下にあるような音像。 -
Wire – Manscape (1990)
デジタル化したポストパンクの先鋭作。意識と身体の境界線を揺さぶる。
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