アルバムレビュー:Octopus by The Human League

Spotifyジャケット画像

発売日: 1995年1月23日(UK)
ジャンル: シンセポップ、エレクトロポップ、ニューウェーブ


80年代の残像と90年代の曖昧さ——人間的エレクトロの再生

『Octopus』は、イギリスのシンセポップグループThe Human Leagueが1995年にリリースした通算7作目のスタジオアルバムであり、長い沈黙と商業的低迷からの“静かな帰還”を象徴する作品である。
1981年の金字塔『Dare』から14年、80年代のスターダムと90年代の音楽環境のギャップの中で、彼らは原点であるミニマルなシンセポップサウンドに立ち返りつつも、90年代的な距離感と透明感を纏った

アルバムはフィリップ・オーキー(Philip Oakey)と共同プロデューサーのイアン・スタンリー(元Tears for Fears)により制作され、80sの余韻を残したポップ感覚と90s的クールネスが融合している。
特に先行シングル「Tell Me When」は全英Top10入りのヒットとなり、The Human Leagueが“過去の遺物”ではなく、再び現代においても有効なポップグループであることを証明した。


全曲レビュー

1. Tell Me When

キャッチーなフックとドラマチックなコード展開が光る代表曲。
“いつならいいの?”と問いかける歌詞には、ロマンスへの再燃と逡巡が漂う。
人肌の温もりを感じさせるシンセサウンドが絶妙。

2. These Are the Days

柔らかく滑らかなアレンジの中で、“これが僕らの時代”と語りかける。
懐古と現実の間で揺れる視線が、オーキーのクールな声で静かに響く。

3. One Man in My Heart

ヴォーカルはジョアンヌ・キャセラ(Joanne Catherall)が担当。
女性視点のバラードであり、ピアノとストリングスが繊細に配置された叙情的なトラック。
シンセポップの枠を超えた、優雅な語り口が魅力。

4. Words

打ち込みのリズムと詩的なリリックが交差するミニマルな楽曲。
「言葉」とは、伝えるためのものか、それとも隠すためのものか——そんな問いが潜んでいる。

5. Filling Up with Heaven

ダンスフロア寄りのグルーヴが効いたナンバー。
恋愛における陶酔と空虚が、エレガントなエレクトロ・サウンドで彩られている。

6. Housefull of Nothing

物理的には満ちているのに、心は空っぽ。そんな矛盾を歌うミドルテンポの楽曲。
どこか退廃的で、90年代的なクールネスが滲む。

7. John Cleese; Is He Funny?

意味深なタイトルを持つ、実験的なインスト風トラック。
繰り返しと変化のバランスが心地よく、無機質な音の中に皮肉とユーモアを垣間見ることができる。

8. Never Again

切実さを孕んだメロディと、抑制されたシンセが印象的なバラード。
失ったものを二度と求めない——そんな冷静な決意が淡く描かれている。

9. Cruel Young Lover

アルバムのラストを飾るアップテンポなエレクトロ・ロック調トラック。
攻撃的なギターとシンセが絡み合い、80s的なエッジが戻ってきたかのような錯覚を起こす。


総評

『Octopus』は、80年代の記憶を抱えたまま90年代に生き直すことは可能か?という問いに対する、The Human Leagueなりの答えである。
バンドは時代遅れになることを恐れず、むしろ“時代に取り残された者の視点”を美学として引き受けた
だからこそ、どの楽曲もどこか抑制が効いており、きらびやかではないが、冷静で芯のあるポップとして成立している。

全体を通して、サウンドはシンプルでクリーン。だがその中には、過去と未来のあいだで揺れる“人間的エレクトロ”の温度が宿っている。
『Octopus』は、再起ではなく静かな継続の証明であり、The Human Leagueが“懐メロ枠”では終わらないことをさりげなく示した作品なのである。


おすすめアルバム

  • Pet Shop Boys – Very (1993)
    90年代初頭におけるエレクトロポップ再解釈の金字塔。『Octopus』と通じる知性と洗練が魅力。
  • Erasure – I Say I Say I Say (1994)
    ソウルフルなシンセポップ。The Human Leagueと同時代的な立ち位置にあるユニット。
  • Tears for Fears – Elemental (1993)
    イアン・スタンリーつながり。90年代的クールネスと内省性が共鳴する。
  • OMD – Liberator (1993)
    シンセポップのレジェンドによる90年代的再編作。懐かしさと刷新のバランスが鍵。
  • Saint Etienne – So Tough (1993)
    レトロとモダンの融合を音楽的に体現した秀作。『Octopus』の静けさとリンクする感性。

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