アルバムレビュー:Another Night by The Hollies

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発売日: 1975年2月(UK)
ジャンル: ソフトロック、アートロック、AOR、ポップロック


もうひとつの夜明け——洗練と哀愁の70年代ホリーズ再始動

『Another Night』は、1975年にリリースされたThe Holliesの15作目のスタジオアルバムであり、Allan Clarke復帰後の本格的再出発を告げる作品である。
1960年代のヒットメイカーとしての彼らとは一線を画し、本作では洗練されたアレンジ、内省的な詞世界、アメリカ市場を強く意識したサウンドメイキングが展開されている。

プロデュースはバンドの長年のコラボレーターであるRon Richards、レコーディングはロンドンとアメリカで行われ、当時流行していたAOR/アートロック的感覚と、ホリーズならではのメロディアスな感性が融合した意欲作となった。
特にシングル「I’m Down」は全米Billboardチャートでトップ40入りを果たし、アメリカでのホリーズ人気を再燃させた象徴的な楽曲でもある。


全曲レビュー

1. Another Night

タイトル曲にして、夢と現実の狭間を描いた幻想的なポップソング。
煌めくようなアレンジと、美しくレイヤーされたコーラスが夜の余韻と孤独を優しく包み込む。

2. 4th of July, Asbury Park (Sandy)

Bruce Springsteenの名曲をカバー。
原曲の持つロマンと憂いを残しつつ、ホリーズ流のハーモニーと洗練された演奏が加わり、独自の世界観を築いている。

3. Lonely Hobo Lullaby

旅人の孤独と哀しみを描いたバラード。
スライドギターやオーケストラが繊細に絡み、まるでアメリカ南部の夕暮れのような空気感を漂わせる。

4. Second Hand Hang-Ups

軽快なテンポと少し皮肉の効いた歌詞が印象的なポップチューン。
“誰かのおさがりの感情”というテーマが、70年代的な倦怠をさりげなく映し出す。

5. Time Machine Jive

スペイシーなシンセサイザーとノスタルジックなメロディが交錯する異色作。
“タイムマシン”をモチーフに、記憶と時代の往還を描いた実験的なトラック。

6. I’m Down

アルバム最大のヒット曲。
キャッチーなメロディと切ないリリックが絶妙に噛み合い、70年代AORのエッセンスを体現するような完成度を誇る。
Allan Clarkeの感情を込めたボーカルが心に響く。

7. Look Out Johnny (There’s a Monkey on Your Back)

社会風刺的な歌詞をファンキーなリズムに乗せた挑戦的な一曲。
“Monkey on your back”=麻薬中毒の隠喩を扱い、ホリーズらしからぬ直截的なメッセージが込められている。

8. Give Me Time

繊細なピアノとリードボーカルの抑えた表現が、待つことの切なさと時間の流れの儚さを静かに伝えるバラード。

9. You Gave Me Strength

愛と再生をテーマにした温かみのあるミッドテンポのナンバー。
コーラスの重なりが光のように広がり、希望に満ちたエンディングをもたらす。


総評

『Another Night』は、The Holliesが単なる60年代の遺産を引きずる存在ではなく、新たな音楽的地平に踏み出したことを示すアルバムである。
ここには、時代に即したAORやアートロックの要素がありながらも、彼ら本来のメロディセンスとハーモニーの美学がしっかりと根を張っている

商業的には部分的な成功に留まったものの、そのサウンドは非常に丁寧かつ豊かで、70年代中期の英国バンドがいかにアメリカ市場と向き合ったかを知るうえでも貴重な記録と言える。
夜が明けきる直前のような、静かで、少し物悲しく、それでも美しい余韻。
『Another Night』は、そんな感覚を音楽で綴ったホリーズの“もうひとつの夜明け”なのである。


おすすめアルバム

  • America – Hearts (1975)
    同時期のAORサウンドと穏やかな叙情が共鳴する、洗練されたアメリカン・フォークロック。
  • Bread – Baby I’m-a Want You (1972)
    ソフトロックの定番。ホリーズの70年代的音像に通じる穏やかなバラードが多い。
  • Bee GeesMain Course (1975)
    ハーモニーとAOR的サウンドの洗練が際立つ、ポップバンドの方向転換期における名作。
  • 10cc – Sheet Music (1974)
    実験性とポップ感覚の同居。『Time Machine Jive』のようなひねりの効いた楽曲に通じる。
  • Al Stewart – Year of the Cat (1976)
    抒情性と洗練されたサウンドが魅力。ホリーズの“静かな夜明け”に共鳴するシンガーソングライター作。

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