アルバムレビュー:Chaosmosis by Primal Scream

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発売日: 2016年3月18日
ジャンル: シンセポップ、インディーポップ、エレクトロニカ


混沌から滲むポップ——Primal Screamのもう一つの“美しさ”

Primal Screamの通算11作目にあたるChaosmosisは、前作More Lightで見せた社会的怒りと精神的闘争から一転し、よりポップでコンパクトな作風へと移行したアルバムである。
タイトルの“Chaosmosis”は、“chaos(混沌)”と“osmosis(浸透)”を掛け合わせた造語であり、混乱や不確かさが音や感情を通してじわじわと染み込んでくる感覚を示している。

その言葉通り、本作は一見するとカラフルで軽快なエレクトロポップに聴こえるが、その奥にはPrimal Scream特有の孤独、皮肉、崩壊の感覚がしっかりと根を張っている。
グラミー受賞のポップデュオHAIMや、スウェーデンのアヴァンポップ・プロデューサーBjörn Yttlingとのコラボレーションにより、サウンドはこれまでになく明快で洗練された印象を持つ。

だが、それは表面上の光沢でしかないのかもしれない。
むしろ、このアルバムが真に提示するのは、「どんなに美しく装っても、世界はやはり混沌としている」という感覚なのである。


全曲レビュー:

1. Trippin’ on Your Love

HAIMをフィーチャーしたオープニングナンバー。
90年代ハウスとモータウン風のソウル感覚が交差する、極めてキャッチーな楽曲。
だがその明るさの裏側には、依存と渇望が垣間見える。

2. (Feeling Like a) Demon Again

サイケデリックなシンセとアシッドなベースラインが絡む、退廃的エレクトロ。
「また悪魔になってしまったような気分だ」というフレーズに、自己破壊の予感が漂う。

3. I Can Change

ソフトで感傷的なシンセバラード。
変わることへの希望と、それがかなわない予感とが交錯する。
ボビーの歌声は脆く、どこか夢から醒めたような響きを持つ。

4. 100% or Nothing

シンプルなビートとミニマルなアレンジに乗せて、全てか無か、という極端な感情を突きつける。
断定的なタイトルとは裏腹に、どこか空虚な響きが残る。

5. Private Wars

アコースティックギターとシンセが交差する、内省的なミニマルソング。
「これは誰にも見えない戦争だ」と歌うその言葉は、現代の個人が抱える孤独と疲弊の寓意だ。

6. Where the Light Gets In

Sky Ferreiraを迎えたデュエット・ソング。
グラムとディスコの融合という華やかなサウンドが印象的。
だがリリックには「光が差す場所には、必ず裂け目がある」という暗示も含まれる。

7. When the Blackout Meets the Fallout

わずか1分弱のノイズ・インタールード。
ブラックアウト(停電)とフォールアウト(放射性降下物)が交差する、その不穏さはアルバムの鍵となる。

8. Carnival of Fools

皮肉とユーモアが溶け合ったサイケポップ。
愚者たちのカーニバルは、現代社会そのもののメタファーか。
軽やかながらも毒を内包する楽曲である。

9. Golden Rope

アルバムの中でも最もダークで重厚なトラック。
音の層が折り重なり、次第に意識が溶けていくような没入感がある。
“黄金の縄”は救済か、あるいは絞首刑か——意味は二重に揺らぐ。

10. Autumn in Paradise

タイトルに相反する感覚が混在する、締めくくりの楽曲。
パラダイスに訪れた“秋”という比喩は、終わりの気配、あるいは美の黄昏を思わせる。
優しくも切ない余韻が、アルバム全体のテーマを回収する。


総評:

Chaosmosisは、Primal Screamのディスコグラフィーの中でも最も「表面は軽く、内実は重い」アルバムである。

ポップでダンサブルな装いの下には、精神的崩壊の断片、社会への違和感、個の孤独がひっそりと横たわっている。
それをあえて“美しいエレクトロニカ”という形で包んだことが、本作の最大の実験性であり、二重構造的な魅力なのだ。

一見聴きやすく、明るくすらあるこのアルバムが、実は“微細な絶望”を音にしていることに気づいたとき、Chaosmosisはようやくその真の姿を現す。


おすすめアルバム:

  • Sky Ferreira / Night Time, My Time
     光と影の交錯を描くシンセポップの傑作。
  • Chromatics / Kill for Love
     哀愁と退廃美を兼ね備えたドリームポップ/エレクトロ。
  • Pet Shop Boys / Behaviour
     メランコリックなダンスミュージックの先駆け。
  • Goldfrapp / Head First
     グラムと80sポップのきらめきを昇華したポップエレクトロ。
  • The Knife / Silent Shout
     電子音と人間性の裂け目を突き詰めた暗黒エレクトロの金字塔。

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