発売日: 1997年10月14日(US限定)
ジャンル: エレクトロニカ、オルタナティヴ・ロック、エクスペリメンタル・ポップ
夢と薬のはざまで——“ポップ”の仮面を剥がしたDuran Duranの迷宮探訪
1997年、Duran DuranがリリースしたMedazzalandは、最も異端で、最も内省的なアルバムとされている。
長年にわたってメンバーだったジョン・テイラーがレコーディング中に脱退し、結果的にサイモン・ル・ボンとニック・ローズを中心としたプロジェクト的性格を強めたこの作品は、音楽的にもDuran Duranのイメージを大きく裏切るものだった。
タイトルの“Medazzaland(メダッザランド)”とは、精神安定剤“ミダゾラム(Midazolam)”に由来する造語。
意識と無意識、現実と幻想、正常と錯乱の境界線をテーマに、デジタルで冷ややかなビートと、サイケデリックなサウンドスケープが展開される。
ポップアイコンとしてのDuran Duranではなく、音の実験者としてのDuran Duranがここにはいる。
商業的には低迷したが、その陰鬱で鋭利な世界観は、のちに再評価されることとなる。
90年代末のアートポップの文脈で語るべき、“失われた傑作”である。
全曲レビュー
1. Medazzaland
タイトル曲は、ニック・ローズのスポークン・ワードによって幕を開ける異色トラック。
まるで悪夢の入り口のように、不安と混濁のビートが広がる。
2. Big Bang Generation
浮遊感のあるエレクトロ・ポップ。
サイモンの憂いを帯びたヴォーカルと、軽快なビートの対比が不穏で美しい。
3. Electric Barbarella
アルバム随一のキャッチーさを持つエレクトロ・チューン。
タイトルは1968年のSF映画『バーバレラ』へのオマージュで、アンドロイド的愛の空虚さがテーマ。
4. Out of My Mind
映画『The Saint』の挿入歌としても知られる、哀切に満ちた名バラード。
過去の自分を振り払えずにいる心象風景が、音像と完璧に一致している。
5. Who Do You Think You Are
80年代的メロディセンスが残る佳曲。
攻撃性とアイロニーがにじむリリックで、バンドの現状への批評とも取れる。
6. Silva Halo
朧げなビートとドローン的サウンドが支配する、ミニマルでダークな一曲。
不穏な美しさに満ちた音響実験。
7. Be My Icon
スターと崇拝、自己と他者の関係性を鋭く問い直す楽曲。
ループ的構成とアグレッシブなシンセが中毒性を生む。
8. Buried in the Sand
ジョン・テイラー脱退に際して書かれたと思しき、憂いと諦念が滲むナンバー。
アンビエント的なプロダクションが印象深い。
9. Michael You’ve Got a Lot to Answer For
マイケル・ジャクソンへのオマージュとも取れる、静かで情感豊かなバラード。
失墜と赦し、光と影を描いた作品。
10. Midnight Sun
ノスタルジックなメロディが心を打つ美しい一曲。
希望と幻滅の入り混じる詞が、90年代的な情感を強く宿す。
11. So Long Suicide
暗くドラマティックなサウンドに乗せ、死に対する言葉を投げかける問題作。
自己破壊と向き合う視線がリアルに響く。
12. Undergoing Treatment
自己批評的でシニカルなクロージング・トラック。
バンド自身が「処置を受けている」状態であるという、メタ的ユーモアが痛烈。
総評
Medazzalandは、Duran Duranが“かつての自分”に別れを告げるアルバムである。
煌びやかでセクシーな80年代の影を振り払い、歪み、虚無、不確かさに満ちた“90年代的リアル”に飛び込んだ作品なのだ。
そこにあるのは、“再起”というよりも“変異”である。
サウンドはミニマルで無機質、リリックは内省と崩壊、ポップとしての明快さは意図的に排除されている。
だが、その先鋭性と誠実さは、いま聴き直すことでこそ光る。
Duran Duranはここで、“誰のものでもない自分たち”になろうとした。
それは勇敢な行為であり、ポップに生きる者にとって最も困難なことなのだ。
おすすめアルバム
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OK Computer by Radiohead
——時代の崩壊感と未来への不安を音に変えた90年代の金字塔。 -
Mezzanine by Massive Attack
——闇とビートが交錯する、トリップホップの決定作。 -
Adore by The Smashing Pumpkins
——ロックバンドが内省と電子音へ向かう試みとして共鳴。 -
Ultra by Depeche Mode
——傷を抱えながら再生へと向かう、90年代的エレクトロの名作。 -
Pop by U2
——“大衆”と“実験”の狭間で揺れるポップの試練。
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