
発売日: 1993年2月11日
ジャンル: オルタナティヴ・ポップ、アートポップ、アダルト・コンテンポラリー、シンセポップ
過去と手を取り、未来へ踊る——“再生するポップ”としてのDuran Duran
1990年のLibertyで“迷走と模索”を経験したDuran Duranは、そこから約3年の沈黙を経て、このDuran Duran(通称:The Wedding Album)で劇的なカムバックを果たす。
ジャケットにはメンバーの両親の結婚写真があしらわれ、バンド名と同名のタイトルを冠することで、彼らはあえて“原点”へと立ち戻る姿勢を示した。
だが、このアルバムは単なる懐古や再演ではない。
むしろそれは、90年代という新しい時代において、自分たちがどう“ポップであり続けられるか”を誠実に問い直した作品であり、サウンド、リリック、構成すべてにおいて明らかな進化が見られる。
オルタナティヴ・ロック、トリップホップ、アートポップ、そして洗練されたバラード。
かつてMTVアイコンとして脚光を浴びたDuran Duranが、ここでは成熟したアーティストとしての姿を強く打ち出している。
全曲レビュー
1. Too Much Information
アルバムの幕開けを飾る、メディア社会への皮肉に満ちたポップロック。
ディストーション・ギターとエレクトロが交差する現代的なサウンドで、Duran Duranの再定義を予感させる。
2. Ordinary World
本作最大のヒット曲にして、彼らの新章を象徴するバラード。
友の死と向き合いながら、それでも“普通の世界”を求める切実な祈りが込められている。
サイモン・ル・ボンの歌唱は深く、感情の揺らぎをそのまま映し出す。
3. Love Voodoo
トリップホップ的なリズムとミステリアスな空気が漂う一曲。
“愛”の不確かさと中毒性を、仄暗く描く。
4. Drowning Man
緊張感のあるベースとパーカッションが支配する、都会的なファンク・ナンバー。
危機と欲望の境界線に立つ男の視点がスリリングに展開される。
5. Shotgun
短く、次曲への導入のようなインストゥルメンタル。
ミニマルな構成でアルバムに緩急を与える。
6. Come Undone
「Ordinary World」と並ぶバラードの名曲。
ミステリアスで官能的なサウンドと、崩壊していく関係を静かに見つめるリリック。
美しさと脆さが共存する珠玉の一曲。
7. Breath After Breath (feat. Milton Nascimento)
ブラジルの巨匠ナシメントとの共演による多言語トラック。
英語とポルトガル語が混ざり合い、祈りのように旋律が広がる。
8. UMF
“Ultimate Mind F***”の略とされる、ダークでひねりのあるナンバー。
90年代的なエレクトロロックの感触を持ちつつ、歌詞にはユーモアも漂う。
9. Femme Fatale
ルー・リード作「ファム・ファタール」のカバー。
Nicoとは異なるアプローチで、Duran Duranらしい耽美性が加わる。
10. None of the Above
社会的階級やアイデンティティを問い直すポップソング。
「私はどれにも属していない」という、ポップへの自省とも受け取れるメッセージが核。
11. Shelter
エモーショナルなバラード。
崩れゆく世界のなかで“避難所”を探すようなメロディと構成が印象的。
12. To Whom It May Concern
ミドルテンポで進行する、手紙のような語り口を持つ一曲。
“誰かへ宛てた言葉”という構造が、親密でありながら抽象的でもある。
13. Sin of the City
ロサンゼルスの事件や暴力を題材にした、社会的テーマを持つ大作。
7分を超える重厚な展開が、アルバムの締めくくりとして強烈な印象を残す。
総評
Duran Duran (The Wedding Album)は、Duran Duranが“再び第一線に返り咲いた”だけでなく、“アーティストとして新たな地平に達した”ことを告げる重要作である。
それは単に時代に迎合するのではなく、自らの美学を90年代の感性で再構築するという誠実な姿勢の賜物だ。
「Ordinary World」や「Come Undone」といったバラードの成熟は、もはやかつてのアイドルバンドの域を超えており、哀しみ、喪失、赦しといったテーマを真正面から描く勇気がある。
このアルバムによって、Duran Duranは“回顧される存在”ではなく、“今を語る存在”として再定義された。
それはポップ・ミュージックにおける稀有な瞬間であり、音楽史に残る“静かな革命”なのかもしれない。
おすすめアルバム
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Automatic for the People by R.E.M.
——成熟したバラードと死生観を扱う、90年代の名盤。 -
Songs of Faith and Devotion by Depeche Mode
——宗教性と感情を交差させた、暗黒と光の交錯。 -
Secrets by Toni Braxton
——大人のポップとしてのバラード力が共鳴する。 -
Elemental by Tears for Fears
——再編成後の静かな再生劇として、The Wedding Albumと通底するテーマ。 -
Medusa by Annie Lennox
——カバーで綴る女性的視点と感情の再構築。耽美と内省が交差する作品。
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