発売日: 1988年4月
ジャンル: サイケデリック・ロック、オルタナティヴ・ロック、ノイズロック、スラッジ、エクスペリメンタル
混沌のなかに漂うポップの幻影——サーファーズ流“正気”の限界線
1988年にリリースされたButthole Surfers(バットホール・サーファーズ)の4作目『Hairway to Steven』は、
前作『Locust Abortion Technician』の破壊的ノイズと不安定な実験精神を残しつつ、
より構造的な楽曲と“かろうじてポップ”な輪郭を帯びた異形のロック・アルバムである。
タイトルはLed Zeppelinの名曲「Stairway to Heaven」をもじったダジャレ(“Hairway”)であり、
本作の全曲は正式なタイトル表記がなく、絵文字やイラストで示されていた。
この“非言語化”されたアートワークこそが、サーファーズの音楽が持つ身体性と曖昧さを象徴しているとも言える。
今作では、トリップ感覚、グルーヴ、ダブ的音響処理、ヘヴィロック的爆発力が並存し、
狂気の中にも“曲”としての佇まいを感じさせる。
それは、秩序に限りなく近づいた“非秩序”のかたちでもあった。
全曲レビュー
※便宜的に後年付けられた通称タイトルで記載
1. Jimi
トレモロと逆再生が渦巻く、ヘヴィでありながらどこか哀愁を感じさせる開幕曲。
“Jimi”というタイトルからの暗示的連想と共に、ロックの呪物性と儀式性を打ち出す。
2. Rocky
アップテンポでファンキーなノイズロック。
グラインドするギターとコミカルなボーカルが、躁的テンションを炸裂させる。
暴走と祝祭の紙一重。
3. Julio Iglesias
サンプリングとエフェクトが散りばめられたバラッド風の奇曲。
スペインのポップ歌手の名を冠しながら、実態は悪夢のような愛のパロディ。
4. Backass
リバーブの効いたドラムとスローなギターリフが絡む、サイケ・ブルース的スラッジトラック。
沈殿するような演奏が、酩酊と重力を同時に喚起する。
5. I Saw an X-Ray of a Girl Passing Gas
コミカルかつカオティックなノイズファンク。
破壊と笑いが等価に存在する、バットホールの真骨頂的ナンバー。
このあたりから“ポップの断片”が垣間見える。
6. John E. Smoke
カントリーとアシッドが混在する、アメリカ南部の幻想と皮肉を濃縮した音響絵巻。
語り口と不穏な背景が交錯する、映画的な名曲。
7. Passing the Hat
重いドラムと中毒性の高いフレーズが反復されるグルーヴィな曲。
不条理な儀式のような展開が、聴き手の身体感覚を麻痺させていく。
8. Helicopter
強烈なドライヴ感を持つラストトラック。
ヘリコプターのプロペラのようなループとノイズが押し寄せ、アルバムを空中爆散させるような終わり方を迎える。
総評
『Hairway to Steven』は、Butthole Surfersが“曲”としての形を意識しながらも、
その輪郭を意図的に歪め、意味と無意味のあいだで聴き手を翻弄する一枚である。
それは一見、混沌から脱したかに見えるが、むしろ狂気が日常のレベルまで浸透したような奇妙な親密さを持つ。
ポップの亡霊、ロックの幻影、ノイズの幻聴——
それらが並列で存在するこの作品は、サーファーズ流“サイケデリアの再発明”でもある。
混乱のなかに美しさを感じる人へ。
そして、世界がどこか不安定であってほしいと願うすべての耳へ捧げられた実験的迷作である。
おすすめアルバム
- Meat Puppets – Up on the Sun
サイケとカントリーの融合。明るいのに不穏な南部的浮遊感。 - Ween – The Mollusk
奇妙なポップと実験精神が共存する“海辺のトリップ”。 - The Flaming Lips – Oh My Gawd!!!
カオティックなロックとアシッドジョークの交錯点。 - Captain Beefheart – Shiny Beast (Bat Chain Puller)
アヴァンブルースの名作。サーファーズの美学の先駆的存在。 - Dead Milkmen – Big Lizard in My Backyard
ユーモアとアートパンクを横断する不良ポップ。
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