Money by The Drums(2011)楽曲解説

1. 歌詞の概要

「Money(マネー)」は、アメリカのインディー・ポップバンド The Drums(ザ・ドラムス)が2011年にリリースしたセカンドアルバム『Portamento』に収録された楽曲であり、軽快でキャッチーなギターリフとドリーミーなメロディの裏に、貧困・愛・自己嫌悪といった複雑な感情を織り込んだ、バンドの代表的な一曲である。

歌詞の語り手は、金銭的に余裕のない自身の状況を皮肉と諦念を込めて綴りつつ、そんな自分を受け入れてくれる“君”への愛を、どこか拙く、でも真摯に伝えようとする。
曲の冒頭で繰り返される「I want to buy you something / But I don’t have any money」というラインは、恋人への贈り物すらできない経済的な現実と、相手に対する愛情とのギャップを端的に示している。

この“金がない”という極めて現代的で普遍的な悩みを、The Drumsはダンサブルで明るいメロディに乗せることで、どこか開き直ったユーモアと、それでも消えない誠実さを同時に表現している。
その結果、この楽曲は“楽しいけれど切ない”、“ポップだけれどリアル”という独特のバランスを保った作品となっている。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Money」は、The Drumsのセカンドアルバム『Portamento』(2011)の先行シングルとしてリリースされ、彼らの持つ“明るさと哀しさの交差点”という音楽的アイデンティティをより明確に提示した楽曲である。
この時期、バンドは結成当初のメンバーJacob Graham(シンセ担当)との関係や音楽的方向性において葛藤を抱えており、その内省的なモードがアルバム全体に漂っている。

「Money」はその中でも異彩を放つ、“社会的にリアルな感情”を扱った数少ない楽曲であり、Jonathan Pierce(ジョナサン・ピアース)のヴォーカルも、ふだんの美学的な抑制を超えて、どこか素直なトーンで歌われているのが印象的である。

また、この楽曲には80年代のニューウェーブ/ポストパンクの影響が色濃く感じられるが、同時にメロディはThe SmithsのようなUKインディーの流れを汲んでおり、“金がなくてごめん、でも君を想っている”という少し情けなくも愛おしい感情を軽やかに響かせている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Money」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。

引用元:Genius Lyrics – Money

“Before I die / I’d like to do something nice”
死ぬ前に/何か素敵なことをしたい

“I want to buy you something / But I don’t have any money”
君に何か買ってあげたいんだ/でもお金がないんだ

“No, I don’t have any money”
そう、僕にはまったくお金がない

“And I want to buy you something / But I don’t have any money”
君にプレゼントしたいんだ/でも持ってるのはゼロの財布だけ

“I left my heart in the basement / With the garbage
僕の心は地下室に/ゴミと一緒に置いてきたよ

繰り返される「I don’t have any money」というラインは、単に貧しさを嘆くのではなく、“それでも何かを与えたい”という切実な思いを逆説的に強調している。
そして「心を地下室に、ゴミと一緒に置いてきた」という詩的な比喩は、語り手の自己評価の低さや、社会の中での疎外感を暗示している。

4. 歌詞の考察

「Money」の語り手は、単なる貧しさではなく、“自分が誰かに何かを与えられないこと”への痛みを抱えている。愛する相手に何かを贈りたい、喜ばせたいと思っても、それができない状況にある——そのやるせなさが、軽やかなメロディの裏に深く横たわっている。

この曲の「お金がない」という告白は、字義通りの経済的貧困だけでなく、感情的な“無力感”の象徴でもある。愛を伝える手段が見つからず、言葉も贈り物も足りない——その空白をどう埋めたらいいのか分からない若者の不器用さが、この曲全体を覆っている。

そして、語り手はそれでもなお、相手の前で飾らずに自分の無力さを認め、「でもそれが僕なんだ」と言うことを選ぶ。
この“開き直り”が、この曲をただの悲しい歌ではなく、愛らしい人間味を持つポップソングに昇華している要因である。

また、「Before I die I’d like to do something nice」というラインには、人生の虚無感と、“せめて誰かのために”という希望が共存しており、それがこの曲の根底にある“人間の優しさ”を際立たせている。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “There Is a Light That Never Goes Out” by The Smiths
    自滅的で不器用な愛の表現を、暗くも美しいメロディに乗せた名曲。

  • “Something Good Can Work” by Two Door Cinema Club
    軽快なリズムに希望を託す、ポジティブと不安が共存する青春ソング。

  • “Young Folks” by Peter Bjorn and John
    恋人との未完成な関係を描きながらも、メロディに甘さを残す名曲。

  • “Sweet Disposition” by The Temper Trap
    一瞬の感情のきらめきを捉えた、胸に残るアンセミック・ポップ。

  • My Number” by Foals
    逃避と衝動を美しいギターフックで包み込む、洗練されたダンス・ロック。

6. ポップの中にある人間らしさ:「何も与えられない自分」を歌う勇気

「Money」は、恋人に対して何もしてあげられない自分への恥や悔しさ、そしてそれでも“何かしたい”という誠実な感情が入り混じった、等身大の愛の歌である。
その感情は、誇張されず、飾られず、ただ淡々と繰り返される歌詞のなかに、じわじわと染み出すように現れる。

サウンドはあくまでも明るく、心地よく、踊れるほどに軽やかだが、その裏にある“人間の弱さ”が、リスナーの心に深く残る。
The Drumsが描くのは、完璧な恋人ではなく、“愛したいのに愛しきれない”不完全な誰かであり、それは私たち自身の姿でもある。

この曲を聴いたとき、人は笑顔になるかもしれない。でも、その笑顔の奥には、ちょっとだけ泣きたくなるような気持ちがある。
「Money」は、そんな矛盾と優しさを内包した、小さくて、でも確かな愛の歌だ。

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