Wandering Star by Portishead(1994)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Wandering Star」は、イギリスのトリップホップ・バンド Portisheadポーティスヘッド が1994年に発表したデビューアルバム『Dummy』に収録された楽曲で、アルバム全体を貫くメランコリックで内省的な世界観を強く象徴するナンバーです。スモーキーなビートとミニマルなメロディの上で、ベス・ギボンズ(Beth Gibbons) の繊細で心の奥をえぐるような歌声が、ひとりの孤独な存在の「漂流」を描き出します。

「Wandering Star(流浪の星)」というタイトル自体が示すように、この楽曲の語り手は、どこにも属せず、誰にも完全には理解されない“流れる魂”です。物理的な移動ではなく、精神的・存在的な放浪を示唆しており、現代社会における疎外感、孤独、不確かさといったテーマを詩的かつ静かに語りかけてきます。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Wandering Star」は、Portisheadが最初に作った楽曲のひとつであり、アルバム『Dummy』の中でも非常にミニマリスティックで、ジャズやダブ、ソウルの要素を極限まで削ぎ落とした冷静なサウンドアプローチが特徴です。メインのドラムはビンテージのブレイクビーツをサンプリングしたもので、まるで古いスピーカーから流れるフィルムのような質感を持っています。

この曲の魅力は、派手な展開が一切ないにも関わらず、どこまでも深く、ゆっくりと沈んでいくような没入感にあります。ベス・ギボンズは、自身の内面と向き合うような歌詞とヴォーカルパフォーマンスを披露しており、彼女の歌はこの曲においてまるで孤独の呼吸そのもののように聴こえます。

「流浪の星」という象徴は、ユダヤ教の預言書『ユダの手紙』に由来しているとされ、破滅と孤独を運命づけられた魂のメタファーとして使用されてきました。Portisheadはこのイメージを取り入れながらも、神話的ではなく、都市に生きる現代の個人の孤立感として再構築しています。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Wandering Star」の印象的な歌詞を抜粋し、和訳を併記します。引用元:Genius Lyrics

“Please could you stay a while to share my grief?”
お願い、少しだけここにいて/この悲しみを一緒に感じてくれない?

“It’s such a lovely day to have to always feel this way”
こんなに素敵な日なのに、どうしていつもこんな気持ちでいなきゃいけないの?

“And the time that I will suffer less / Is when I never have to wake”
目覚める必要がない時こそ/私は少しは苦しまずにすむのかもしれない

“Wandering stars, for whom it is reserved / The blackness, the darkness, forever”
流浪の星たち/彼らには、永遠の闇と黒さが定められている

4. 歌詞の考察

「Wandering Star」は、孤独をただ嘆くのではなく、“孤独と共に生きる覚悟”を描いた楽曲です。その語り手は、誰かとつながりたいと願いながらも、つながることの難しさと痛みをすでに知っていて、“ほんとうの救いなどもう望んでいない”ような静かな諦念が滲み出ています。

冒頭の「Please could you stay a while to share my grief?(お願い、少しだけ一緒に悲しみを分け合って)」というラインは、切実な願いですが、すぐに「It’s such a lovely day to have to always feel this way」と続き、この世界の美しさと、自分の感情の乖離があまりに大きいことへの苦悩が現れます。まるで、幸せな風景の中に自分だけが取り残されてしまったような感覚です。

「Wandering stars…」というフレーズは、自分が社会や人間関係の“恒星”にはなれないこと=中心になれない、帰る場所がない存在であることを暗示しています。その言葉には、哀しみだけでなく、ある種の美学や諦観、そして強さすら宿っています。誰かに寄りかかることなく、それでも生きることを選ぶ、そういう感情の静かな芯を持った曲なのです。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Angel” by Massive Attack
    支配と従属、孤独と欲望を描いた漆黒のトリップホップ・ナンバー。

  • “Motion Picture Soundtrack” by Radiohead
    死と愛と喪失が交錯する、まるで夢の中のようなエレジー。

  • “Ebb Tide” by Julie London
    美しさの中にある孤独と希望をしっとりと描く、クラシカルなバラード。

  • “Colorblind” by Counting Crows
    抑制された感情の美しさが胸を打つ、繊細なピアノバラード。

  • “The Rip” by Portishead
    再結成後の楽曲であり、幻想と現実のあわいを描く霊的なナンバー。

6. 「私」はどこにも属さない:Portisheadが描く“静かな放浪者”

「Wandering Star」は、**誰にも属せず、どこにも帰れない魂たちに捧げられた鎮魂歌(レクイエム)**のような楽曲です。しかしそれは、悲しみのなかに沈み込むためのものではなく、その悲しみとともに、少しだけ顔を上げて生きるための音楽です。

ベス・ギボンズの歌声は、震えるように弱々しいのに、なぜかどこまでも強い。それは彼女が、自分の弱さを否定せず、むしろその存在を肯定するからこそ生まれる強さです。社会や他者にうまく馴染めない人、自分の感情がどこにも落ち着かない人、理由もなく“居場所のなさ”を感じるすべての人にとって、この曲はひとつの安息地になるでしょう。

流浪の星。それは、道を見失った者ではなく、道なき場所を進もうとする者のことかもしれません。Portisheadはこの曲を通して、そんな“無音の勇気”をそっと称えているのです。
「Wandering Star」は、孤独と静けさの中でだけ響く、最もやさしい歌なのです。

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