Let’s Get It On by Marvin Gaye(1973)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

Let’s Get It On」は、1973年にマーヴィン・ゲイMarvin Gaye)がリリースしたソウルミュージックの名曲であり、セクシャルな愛を堂々と祝福した、当時としては極めて革新的かつセンシュアルなラブソングである。タイトルの「Let’s Get It On」は、直訳すれば「始めよう」となるが、この文脈では明らかに**「愛し合おう」=性的な関係を始めよう**という意味合いが込められており、全編を通じて肉体的な親密さと情熱が濃密に歌い上げられている。

この楽曲において重要なのは、単なる誘惑や遊びとしてではなく、誠実で相互的な“愛する行為”としてのセックスが描かれている点だ。語り手は、恋人に対して「心を開いてほしい」「恐れないでほしい」と優しく語りかけ、自分の気持ちに正直になることを促す。それは同時に、1970年代という性的解放の時代を象徴するようなメッセージでもあった。

楽曲はファルセットとバリトンを巧みに行き来するマーヴィン・ゲイの歌声を中心に、滑らかで温かみのあるリズムと、官能的なギター、リズム隊によって彩られており、セクシュアリティを祝福する究極のスロージャムとして今もなお語り継がれている。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Let’s Get It On」は、もともとはエド・タウンゼント(Ed Townsend)が離婚を乗り越える中で“心の癒し”をテーマに書いた楽曲だったが、マーヴィン・ゲイが手を加えることで、より官能的かつ情熱的な楽曲へと変貌した。マーヴィン自身がこの時期、恋愛や性的魅力について深く探求していたこともあり、その感情がダイレクトに作品に注ぎ込まれている。

マーヴィンは当時、新たな恋人ジャン・ハンター(Janis Hunter)との関係を通じて、**“精神性と肉体性の融合”**というテーマに取り組み始めていた。彼にとってセックスとは単なる快楽ではなく、魂の交歓でもあり、それを音楽で表現することが芸術の一形態だったのだ。

この曲が収録されたアルバム『Let’s Get It On』は、同名のこの曲によって全体のコンセプトが方向付けられたとも言われ、恋愛、欲望、許し、そして精神的な愛が複雑に絡み合った作品となっている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Let’s Get It On」の印象的な歌詞を一部抜粋し、その和訳を紹介する(出典:Genius Lyrics)。

“I’ve been really tryin’, baby / Tryin’ to hold back this feelin’ for so long”
「ずっと我慢してきたんだ、ベイビー / 長い間、この気持ちを押さえてきた」

“And if you feel like I feel, baby / Then come on, oh come on”
「もし君も僕と同じ気持ちなら / こっちへおいで、ねえおいでよ」

“Let’s get it on / Let’s love, baby”
「さあ始めよう / 愛し合おう、ベイビー」

“We’re all sensitive people / With so much to give”
「僕たちはみんな繊細な人間だよ / 与え合えるものをたくさん持ってるんだ」

“Since we got to be / Let’s live”
「どうせ一緒にいるなら / 思いきり生きよう」

このように、語り手は相手の気持ちを尊重しながらも、率直に自分の欲望と愛を伝えており、その誠実さと温かさが聴く人の心を掴む。

4. 歌詞の考察

「Let’s Get It On」の核心は、“身体的な欲望”と“精神的なつながり”を対立させるのではなく、むしろ融合させるという視点にある。
マーヴィン・ゲイは、この楽曲においてセクシュアリティを“罪”や“恥”としてではなく、愛を表現するもっとも人間的な手段として肯定的に描いている。

特に印象的なのは、「We’re all sensitive people(僕たちはみんな繊細な人間だ)」という一節であり、ここには“セックスは単なる肉体の行為ではなく、心の交流である”という哲学が凝縮されている。彼は力づくではなく、丁寧に、尊重と対話をもって相手に近づこうとする。
この姿勢が、1970年代当時の“マチズモ的な男らしさ”とは対照的であり、ジェンダーの固定観念を揺さぶる繊細なフェミニズム的要素すら感じさせる。

また、曲全体に漂う“欲望の正直さ”は、リスナーにとって禁断ではなく“解放”として響く。宗教的背景を持ちながらもそれを乗り越え、肉体と魂の調和を探る彼の人生観が、この曲に深みを与えている。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Sexual Healing” by Marvin Gaye
    彼の晩年を代表するセクシュアルなヒーリング・ソング。

  • “Just the Two of Us” by Grover Washington Jr. feat. Bill Withers
    愛と日常を穏やかに描く大人のラブソング。

  • “Let’s Stay Together” by Al Green
    愛と献身を誓うソウルの金字塔。マーヴィンと並ぶ“優しい男”の象徴。

  • “Me and Mrs. Jones” by Billy Paul
    禁断の恋を官能的に描いたソウル・バラード。

  • “A Woman’s Worth” by Alicia Keys
    愛と尊重の関係性を現代的視点で描く、フェミニンな名曲。

6. セクシュアリティの肯定とソウルの変革:愛と快楽をつなぐ橋として

「Let’s Get It On」は、単なるセクシーなラブソングではない。それは、マーヴィン・ゲイが社会、宗教、自己と向き合いながら見出した“愛と性の統一”という哲学の体現である。

それまで黒人音楽において“セクシュアリティ”は、時にタブーとして扱われ、また時に商業的に過激化される傾向があった。しかしマーヴィンはそのどちらにも寄らず、愛と快楽を誠実かつ人間的に描くという第三の道を開拓した。

また、この曲の持つ“癒しの力”は、戦争、暴力、分断といった時代の不安定さの中で、多くの人に「人間の温かさ」を思い出させる役割も果たした。
1970年代の“性的解放”の象徴とされる一方で、この曲はそれ以上に“心の解放”の歌だったのかもしれない。


「Let’s Get It On」は、肉体と心をつなぐ“音楽の愛の儀式”であり、マーヴィン・ゲイがソウルの新たな地平を切り開いた歴史的名曲である。
その囁くような歌声は、時を超えて人々に「もっと自分を愛していい」「愛し合っていい」と語りかけてくれる。そしてその声は、今も私たちの耳元で、やさしく響き続けている。

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