For Love by Lush(1992)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「For Love」は、イギリスのドリームポップ/オルタナティヴ・バンド Lush が1992年にリリースしたアルバム『Spooky』からのシングルであり、彼らの最もポップで親しみやすい楽曲のひとつとして知られています。甘く浮遊するギター・サウンドと、ヴォーカルのミキ・ベレーニ(Miki Berenyi)による儚げなメロディラインが特徴でありながら、歌詞の内容は意外にも恋愛における矛盾、執着、心の葛藤を主題としています。

「For Love」というタイトルは一見ロマンティックなものに見えますが、その裏には**“愛のため”と自分に言い聞かせながらも、実際には傷つき、疑い、逃げ場を探している心の葛藤**が描かれています。語り手は自分の行動を正当化しながらも、実はその“愛”に支配され、自分を見失っている状態にあります。

音は軽やかで心地よく、春の風のようなギターが印象的ですが、その裏で語られる言葉は、痛みと自嘲、そして微かな希望が複雑に混ざり合ったものとなっており、**Lushらしい“音と感情の二重構造”**が顕著に表れた楽曲です。

2. 歌詞のバックグラウンド

1992年の『Spooky』は、Lushがブライアン・イーノとの仕事で知られるプロデューサー、**ロビン・ガスリー(Cocteau Twins)**を迎えて制作したアルバムで、彼らのサウンドがよりドリーミーで空間的になった時期を象徴する作品です。「For Love」はその中でも最もキャッチーで明快な構成をもった楽曲であり、UKチャートで41位を記録するなど、商業的にも成功を収めました。

この曲は主にミキ・ベレーニによって書かれたものであり、彼女自身の恋愛観や内面の葛藤が反映されているとされています。ミキはインタビューで、「感情の複雑さを無理に整理しようとするよりも、その混乱をそのまま歌詞に込めた」と語っており、歌詞の中にも確信と不安が交錯する情緒的なリアリズムが濃密に漂っています。

Lushはこの時期、「女性の視点からのオルタナティヴ・ロック」という立ち位置を確立しつつあり、浮遊感に満ちたサウンドに、しばしば“感情の剥き出し”を宿す歌詞という構造が彼らの代名詞となっていきます。「For Love」はそのもっとも美しく、普遍的な形のひとつです。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「For Love」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を添えて紹介します。

引用元:Genius Lyrics – Lush “For Love”

Pretty and simple, so easy for her / When you complain, she doesn’t hear
可愛くて単純で、あの子には何もかも簡単
あなたが不満を言っても、彼女は聞いちゃいない

You always put me in the shade / I can’t compete with the girl you’re with
あなたはいつも私を脇に追いやる
あの子には到底かなわないの

I think I love you / But it’s just a lie
たぶん、私はあなたを愛してる
でも、それもきっと嘘

For love, I’ve given up everything
愛のために、私はすべてを捨てたのに

これらの歌詞からは、語り手の自己否定と愛への依存、そして相手の無関心への怒りや悲しみが滲み出ています。愛しているからこそ見えなくなってしまうもの、あるいは愛している“つもり”で自分をごまかしていることへの疑念。それらが、たった数行の中にぎっしり詰まっています。

4. 歌詞の考察

「For Love」は、Lushのなかでも特に恋愛における“脆さ”と“自己欺瞞”を詩的に描いた楽曲です。歌詞の中で語り手は、相手に振り回されながらも「愛のためだから」と自分を納得させようとします。しかし、同時にその“愛”が幻想である可能性にも気づいており、自らの感情と対話するように、その矛盾を認め始めています。

印象的なのは、「I think I love you, but it’s just a lie」というラインです。この一言には、恋愛に囚われていた自分をようやく俯瞰できるようになった瞬間が描かれており、甘さと苦さが同居するLushの世界観が完璧に表現されています。

また、繰り返される「for love」というフレーズは、一見すれば献身的な言葉ですが、文脈によっては皮肉や嘲笑、後悔の響きも帯びています。これはまさにLushの歌詞の特徴で、一つの言葉が複数の意味を重ね合わせながら、聴き手自身の感情にリンクしていくのです。

音楽的にも、この曲はサウンドの甘さと歌詞のほろ苦さが絶妙なバランスで成立しており、耳に心地よいにもかかわらず、聴くたびに感情が揺さぶられるという特性を持っています。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Pearl” by Chapterhouse
    甘くてダイナミックなシューゲイズ・サウンドと恋愛の揺らぎを描いた名曲。Lushファンに響く感性を持っています。

  • “Sometimes Always” by The Jesus and Mary Chain & Hope Sandoval
    愛とすれ違いを男女の視点から描いたデュエット。Lushの繊細な感情描写と親和性があります。

  • “Into Dust” by Mazzy Star
    静謐で哀しみを帯びたラブソング。Lushの抑制された情熱と響き合う感触。

  • “Nothing Natural” by Lush
    同じく『Spooky』収録の曲で、さらに深く内面に沈むような歌詞とギターの洪水が魅力。

6. “甘さ”と“苦さ”が溶け合う、Lush流ポップの結晶

「For Love」は、Lushがシューゲイザーというジャンルから飛び出し、よりポップで親しみやすい形で感情を語った代表曲です。けれどそのポップさの裏には、やはりLushらしい内省、アイロニー、そして感情の多層性が息づいています。

それは単なるラブソングではなく、愛の不確かさと自己認識の曖昧さを見つめるための“感情の鏡”のような存在です。美しいギター・レイヤーの下に、迷いと苦しみ、そして小さな希望が静かに漂っている。そのことが、この曲をただのヒット曲ではなく、長く聴き継がれる作品にしている理由でしょう。


**「For Love」は、愛を信じたいけれど信じきれないすべての人のためのアンセムです。それは甘美でありながらも、現実的で、少し切なくて、それでもどこかやさしい。まさにLushというバンドが体現する“ドリームポップの中のリアル”**を象徴する、珠玉の一曲です。

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