アルバムレビュー:…And Justice for All by Metallica

発売日: 1988年9月7日
ジャンル: スラッシュメタル、プログレッシブ・メタル


正義の名の下に——冷徹な構築美と怒りの結晶

1988年、Metallicaは4作目となるアルバム…And Justice for Allで、より複雑かつ構築的なサウンドへと進化を遂げた。
これは、前作Master of Puppetsの大成功と、ベーシストのクリフ・バートンの悲劇的な死を経て制作された作品である。
新ベーシストにはジェイソン・ニューステッドが加入したが、本作ではそのベース音はほとんど聴こえず、異様なミックスが語り草となっている。

サウンドは硬質で冷たく、構成は長尺かつ複雑。
一曲一曲がまるで法廷における証言のように精緻に組まれており、スラッシュメタルにプログレッシブの知性と理性が注入された印象を与える。

このアルバムでMetallicaは、正義、戦争、狂気、抑圧といった社会的テーマを強く打ち出し、単なる怒りの表出から、より高次元の批評性へと踏み出したのだ。


全曲レビュー

1. Blackened

終末を告げるかのような逆再生イントロから幕を開けるオープナー。
環境破壊と文明の崩壊をテーマに、攻撃的なリフと変拍子の応酬が押し寄せる。

2. …And Justice for All

タイトル曲にしてアルバムの中核。
法の不平等や腐敗を冷徹に糾弾する。
約9分にわたる構築美と変則展開は、まさにMetallica的プログレッシブメタルの極致。

3. Eye of the Beholder

自由と検閲をめぐる問いを投げかける。
歌詞では「What is true and what is not?」と繰り返され、視点によって歪められる正義を描く。

4. One

戦争によって手足も言葉も奪われた兵士の意識を描いた傑作バラード。
クリーントーンから轟音へと展開する構成、戦場音のSE、そしてミュージックビデオの衝撃的映像がバンド史上最大の話題を呼んだ。

5. The Shortest Straw

政治的な抑圧と選別の不条理を描く。
ミドルテンポで重く刻まれるリフが、無力感と怒りを内包する。

6. Harvester of Sorrow

暴力的衝動に支配され崩壊していく精神の内面を描写。
スローなテンポが逆に不穏さを強調し、退廃の空気が全体を支配する。

7. The Frayed Ends of Sanity

狂気の境界線をテーマに、複雑なリズムとリフが乱舞する一曲。
冒頭の「オズの魔法使い」風のコーラスが、不気味なユーモアを醸し出す。

8. To Live Is to Die

クリフ・バートンへの追悼インストゥルメンタル。
彼の遺したフレーズと詩を引用し、静寂と轟音の間に、喪失と祈りの感情が込められている。

9. Dyers Eve

親への怒りと自己解放を叫ぶアルバム最速・最凶のトラック。
ジェイムズのボーカルはヒステリックなまでに生々しく、アルバムの終焉を苛烈に飾る。


総評

…And Justice for Allは、Metallicaが感情の爆発から論理と構築へと移行した転換点である。
怒りのエネルギーを知性の枠で制御し、楽曲はあくまで緻密で冷静、そして冷酷ですらある。

その代償として、サウンドは時に息苦しいほどの緊張感を伴い、特にベースの欠如は「空虚な重厚感」として賛否両論を呼んだ。
しかしこの不完全さこそが、本作の孤高性とリアルさを際立たせているのかもしれない。

以降のMetallicaはより親しみやすいサウンドへと向かうが、…And Justice for Allは、知性と怒りが極限まで研ぎ澄まされた時期の唯一無二の結晶である。
正義の名の下に、不条理な現実を告発する鋼鉄の黙示録なのだ。


おすすめアルバム

  • Master of Puppets by Metallica
     ——本作の前作にして、完成度と重厚さではメタル史上最高の一本。

  • South of Heaven by Slayer
     ——速度を抑え、重さと不穏さを追求したSlayerの転機作。

  • Rust in Peace by Megadeth
     ——技術と構成美が際立つ、スラッシュメタルの教科書。

  • Beneath the Remains by Sepultura
     ——南米発のスラッシュが国際水準に達した名盤。怒りと構築の共存。

  • Symbolic by Death
     ——デスメタルにプログレッシブ要素を導入した知的暴走作。

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