
発売日: 1974年9月13日
ジャンル: プログレッシブ・ロック、アートロック、シンフォニック・ロック
概要
『Crime of the Century』は、Supertrampが1974年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、バンドにとって初のメジャーブレイクをもたらした決定的な作品である。
それまでの2作で商業的に苦戦し、メンバーもほぼ総入れ替えとなった中で、ロジャー・ホジソンとリック・デイヴィスの新体制によって制作されたこのアルバムは、バンドの音楽性とヴィジョンが結実した初のコンセプト・アルバムとして高く評価された。
楽曲はすべて新メンバーとともにゼロから練り上げられ、アビー・ロード・スタジオで録音、エンジニアにはピンク・フロイド『The Dark Side of the Moon』でも知られるケン・スコットを起用。
重厚で洗練されたサウンド・プロダクション、哲学的かつ寓話的な歌詞、そして繊細なピアノやサックスの響きが、英国的な知性と抒情を見事に描き出している。
全体としては“疎外”や“狂気”“自由と管理社会の葛藤”といった、1970年代の若者たちが抱えていた社会的不安をテーマにしており、ジャケットに描かれた「鉄格子の宇宙空間」というイメージが象徴的にすべてを物語っている。
全曲レビュー
1. School
ピアノとハーモニカが静かに交錯するイントロから始まり、やがてギターとリズムが加速する劇的な構成。
“学校”を象徴に、抑圧された教育制度や社会への同調圧力を批判する歌詞は、多くの若者の心を代弁した。
後半のリズムチェンジも見事で、アルバムの扉を開くにふさわしい一曲である。
2. Bloody Well Right
社会的不正義への怒りと皮肉が込められた、ストレートなメッセージ・ソング。
「Bloody well right, you know it’s got to be right」という決め台詞が、反抗と皮肉を込めて何度も繰り返される。
ホジソンとデイヴィスの掛け合いが楽曲の緊張感を高めている。
3. Hide in Your Shell
ロジャー・ホジソンによる内向的かつエモーショナルなバラード。
“自分の殻に閉じこもる”というテーマが、繊細なストリングスとドラマティックな展開によって丁寧に描かれる。
ホジソン自身の内面が強く反映された一曲であり、リスナーの共感を呼ぶ名作である。
4. Asylum
デイヴィスによる、精神病院(asylum)を舞台にしたダークな一編。
狂気と正気、自由と抑圧という対立をユーモラスかつ不穏に描く構成で、ピアノの不協和音や徐々に狂気を帯びるボーカルが圧巻。
社会制度に対する風刺と、内面的崩壊の描写が絶妙に交差している。
5. Dreamer
アルバム中でもっともポップな要素を持つ楽曲で、シングルとしてヒットした。
“夢想家”というキャラクターを通じて、理想と現実のはざまで生きる者たちの姿を風刺する。
ホジソンの高音ボーカルと、軽快なリズム、効果的なクラヴィネットの使用が耳を惹く。
6. Rudy
孤独な青年“ルディ”を描いた小叙事詩的ナンバー。
列車の効果音とともに展開されるこの曲では、無目的に都市を彷徨う青年の姿に70年代の精神的浮遊が投影されている。
ジャズ的なブレイクやストリングスの使い方が絶妙で、構成美にも優れている。
7. If Everyone Was Listening
シアトリカルなピアノとヴォーカルが際立つ一曲。
“もし皆が本当に耳を傾けてくれたら”という願望と虚無感が交錯する。
エンターテイメントと真実、演じる者と観客の関係性を詩的に問う、深い余韻を残す作品。
8. Crime of the Century
アルバムのタイトル曲にして、終章を飾る荘厳なバラード。
“世紀の犯罪”とは何か──明確な答えは提示されないが、欺瞞、抑圧、監視といったキーワードが楽曲全体を包み込む。
クライマックスにかけてのオーケストレーションとサックスの絡みが、宇宙的広がりを持ったカタルシスを生み出している。
総評
『Crime of the Century』は、Supertrampというバンドが音楽的にも精神的にも本質を確立した最初のアルバムである。
それまでの不安定な実験期を経て、ここにきて初めて明確なヴィジョンと一貫したメッセージ、そして高い演奏力とプロダクションが三位一体となった。
“社会的疎外”や“孤独”、“狂気”といった普遍的なテーマを扱いながらも、決して絶望に沈まず、どこか詩的で救いのある表現へと昇華している点において、本作は極めて英国的な美意識を体現している。
ホジソンの透明な声とデイヴィスの深みのある低音、そしてサウンドの緻密な構成が、聴く者を深い精神の旅へと誘う。
プログレッシブ・ロックとしての技巧、ポップソングとしての親しみやすさ、そしてコンセプト・アルバムとしての構造美。
そのすべてを兼ね備えたこの作品は、1970年代ロックのひとつの頂点として、今も輝きを放ち続けている。
おすすめアルバム(5枚)
- Pink Floyd – Wish You Were Here (1975)
疎外感と自己喪失をテーマにしたコンセプト性が共鳴する。 - Genesis – Selling England by the Pound (1973)
英国的叙情と精緻なアレンジ、幻想と現実の交錯において共通点が多い。 - Electric Light Orchestra – Eldorado (1974)
ストリングスを駆使したコンセプチュアルなポップ・ロックとしての完成度が高い。 - 10cc – The Original Soundtrack (1975)
シアトリカルな演出と多層的な構成力が、Supertrampの本作と並ぶ知的ポップの系譜。 - Alan Parsons Project – Tales of Mystery and Imagination (1976)
文学性の高い歌詞と構成、重厚なプロダクションによる精神世界の探求という点で親和性がある。
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