発売日: 1982年10月
ジャンル: ポップ・ロック、アートロック、ソフトロック
概要
『…Famous Last Words…』は、Supertrampが1982年にリリースした7作目のスタジオ・アルバムであり、ロジャー・ホジソンとリック・デイヴィスの黄金コンビによる“最後の共作アルバム”として知られる。
前作『Breakfast in America』（1979年）で世界的な大成功を収めたバンドは、本作においてその勢いを保ちながらも、よりパーソナルで内省的な方向へとシフトしていく。
タイトルの“最後の言葉”という表現には、明確な解散や別離の意図は明かされていないものの、ホジソン脱退を予感させる予兆としてファンの間で語り継がれている。
サウンドは前作よりも柔らかく、アコースティックで温もりのある楽曲が多い一方で、どこか距離感や冷静さも同居している。
楽曲はコンパクトにまとめられ、70年代的なプログレッシブな展開よりも、1980年代のポップ・ロックの潮流に接近した印象を持つ。
“終わり”を意識しつつも、“まだ続いている物語”として音楽を紡ぐ姿勢が、淡く切ない余韻を残す。
Supertrampというバンドの繊細な美意識と変化の兆しが、極めて穏やかで美しいかたちで刻み込まれたアルバムである。
全曲レビュー
1. Crazy
デイヴィスの低音ヴォーカルが印象的なアルバムの幕開け。
“狂ってしまいそうだ”というフレーズに、現代社会への違和感と個人的な混乱が交錯する。
シンセベースの浮遊感あるサウンドは、80年代的な音響空間を予感させる。
2. Put on Your Old Brown Shoes
軽快なピアノとホーン・アレンジが心地よいジャジーな楽曲。
“古い靴を履いて出かけよう”という歌詞には、原点回帰やノスタルジーの響きがある。
肩の力を抜いたアプローチが、本作の柔らかさを象徴している。
3. It’s Raining Again
ホジソンによる極めてポップでキャッチーな楽曲で、本作の代表曲。
雨をメタファーにした失恋ソングだが、メロディとリズムは明るく、ポジティブな余韻が残る。
幼少期の童謡「It’s Raining, It’s Pouring」の引用も印象的。
4. Bonnie
デイヴィスが描く、演劇的かつ情念のこもったバラード。
恋愛における執着や依存、さらには芸術と現実の混同がテーマとなっており、重層的な歌詞が心に残る。
サウンドはミニマルながら、感情の起伏が丁寧に描かれている。
5. Know Who You Are
ホジソンによるアコースティック・バラード。
“自分が何者か知る”というテーマは、彼のソロ活動へと繋がる自己探求の入口とも読める。
シンプルでありながら、深いスピリチュアリティを感じさせる。
6. My Kind of Lady
デイヴィスのファルセットを活かした、1950年代風のドゥーワップ・スタイルのラブソング。
Supertrampの中でも異色のオールドスタイル楽曲だが、ユーモアと愛情が感じられる好編。
バンドの多様性と柔軟さを証明する一曲。
7. C’est le Bon
ホジソンによる叙情的なナンバーで、フランス語タイトルが示すとおり“それがいいのさ”という諦観のような肯定感がある。
ヨーロッパ的な香りと、ホジソン特有の浮遊感が印象的。
内面の静けさと希望を映し出す繊細なバラードである。
8. Waiting So Long
デイヴィスによる重厚なミッドテンポのロック曲。
不満や怒り、長年の沈黙の果てに噴き出すような心理描写が展開される。
ピアノとギターの構成がシアトリカルで、アルバム内では異彩を放つドラマ性を持つ。
9. Don’t Leave Me Now
ホジソンによる、まさに“別れの歌”としてのクロージング・トラック。
「いま私を置いて行かないで」というフレーズが繰り返される中で、別離への不安と祈りが交錯する。
ストリングスとピアノによる感情の積み重ねが、美しい余韻とともに幕を閉じる。
総評
『…Famous Last Words…』は、Supertrampというバンドが“終わり”を意識しながら、“続けること”の意味を静かに問いかけた作品である。
70年代のプログレッシブな構成美や社会批評的要素は影を潜め、かわりにパーソナルな感情、愛と喪失、自己認識といった内面の物語が前面に出てきている。
本作ではホジソンとデイヴィスの作風の違いがより鮮明になり、それぞれが異なる場所を見つめていたことが浮き彫りとなる。
それでも、二人の視点が最終的にひとつの作品として結び合うところに、バンドとしての最後の美しさが宿っている。
“別れ”を意識したアルバムでありながら、“別れそのもの”を直接描くのではなく、その予感や感情の揺れを丁寧にすくい取ることで、聴く者に長い余韻を残す。
控えめながらも誠実で、感情の機微に寄り添ったこのアルバムは、派手さよりも“静かな確かさ”を求めるリスナーにこそ届くべき一枚である。
おすすめアルバム（5枚）
- Roger Hodgson – In the Eye of the Storm (1984)
ホジソンのソロデビュー作。本作と地続きの叙情性と精神性を持つ。 - Alan Parsons Project – Ammonia Avenue (1984)
1980年代的ポップと内省的コンセプトの融合という点で親和性が高い。 - Electric Light Orchestra – Time (1981)
テクノロジーと個人の関係を詩的に描いたアルバムで、ポップな叙情性が共鳴。 - Genesis – Duke (1980)
プログレからポップへの移行期の感情の揺れが、『Famous Last Words』と重なる。 - Mike + The Mechanics – Mike + The Mechanics (1985)
メロディ重視のアダルト・コンテンポラリー的展開が、本作と似た温度感を持つ。
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