発売日: 1973年5月
ジャンル: ハードロック、フォークロック、ブルースロック
概要
『Wishbone Four』は、Wishbone Ashが1973年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、前作『Argus』で確立された神話的・叙事詩的な作風から一転し、よりパーソナルでフォーキーな方向へと舵を切った作品である。
タイトルの“Four”はバンドの4人編成を指すと同時に、4作目という通算順も意味しており、彼らが“個”としての表現に意識を向け始めた節目のアルバムでもある。
本作では、エピックなツイン・ギターの絡みや寓話的世界観よりも、個人的な経験、人生の一場面、感情の襞に焦点が当てられており、音楽的にもアコースティックギターの比重が高まっている。
一方で、ライヴ感あふれるロック・ナンバーや、ハードなギターリフも適度に配置されており、Wishbone Ashのバンドとしての多面性と成熟が感じられる一枚となっている。
プロデュースはメンバー自身が担当し、前作までのDerek Lawrenceによる緻密な音像とは異なり、より“人肌の温度”が感じられるナチュラルな仕上がりが印象的だ。
全曲レビュー
1. So Many Things to Say
穏やかなギターのイントロから始まるフォーキーなナンバー。
“言いたいことが多すぎて言葉にならない”という葛藤が綴られ、静かな抑制と感情の高ぶりが同居する。
ツイン・ヴォーカルが楽曲に温もりを与えている。
2. Ballad of the Beacon
カントリー調のリズムとギターが印象的な、旅情あふれるバラード。
“ビーコン(灯台)のバラード”という詩的なタイトルの通り、人生の道標や帰る場所を求める気持ちが滲む。
アメリカーナの影響も感じられる秀作。
3. No Easy Road
アルバム随一のハードなロック・ナンバー。
ブラスセクションを導入したエネルギッシュなアレンジが斬新で、彼らの中でも異色のファンキー・ロックに仕上がっている。
人生の困難をまっすぐに歌い上げる姿勢が潔い。
4. Everybody Needs a Friend
哀愁に満ちたスローバラードで、アルバムの感情的中核とも言える一曲。
“誰もが友を必要としている”という普遍的なテーマを、控えめなアレンジとメロディで丁寧に紡いでいく。
この曲の内省的な美しさは、Wishbone Ashの新たな表現の到達点のひとつ。
5. Doctor
ミッドテンポでグルーヴ感あるハードロック。
“ドクター”に自らの心の不安を託すようなユーモラスかつ哲学的な歌詞が興味深く、ギターの掛け合いも冴える。
アルバム後半のアクセント。
6. Sorrel
アコースティックを主体としたインストゥルメンタルに近い佳曲。
“ソレル(薬草)”というタイトルが象徴するように、癒しや静謐さが漂い、ギターの旋律が詩情を奏でる。
歌詞を排して“音そのもの”で語る意欲作。
7. Sing Out the Song
明るく爽やかなアコースティック・ロック。
“歌を歌おう”というストレートなテーマが、バンドの新たな“開かれた姿勢”を象徴している。
終盤に向けて希望の光を感じさせるナンバー。
8. Rock ‘n Roll Widow
アルバムのラストを飾る、物悲しさとロックの躍動を併せ持つ楽曲。
“ロックンロール未亡人”という比喩的な表現が、音楽と人生の儚さを物語っている。
叙情性と荒々しさが混在する、締めにふさわしい一曲。
総評
『Wishbone Four』は、Wishbone Ashが『Argus』で到達した叙事詩的・神話的スタイルから意図的に距離を置き、より人間的で日常的な視点へと回帰した作品である。
フォークやカントリーの導入、アコースティックギターの比重の高さ、そして直接的で素朴なメッセージ性は、当時のロックバンドが“個”としての感情や生活に向き合い始めた時代の潮流とも呼応している。
ツイン・ギターの構築的な魅力は健在ながら、それ以上に“言葉と歌の温度”が重視されており、その変化はリスナーにとっても戸惑いと新鮮さの両方をもたらした。
本作は商業的には『Argus』ほどの成功には至らなかったが、Wishbone Ashの“もうひとつの顔”を記録したアルバムとして、今なお高い評価を受けている。
おすすめアルバム(5枚)
- America – Homecoming (1972)
アコースティック志向のフォークロック。『Sing Out the Song』と共鳴する。 - Crosby, Stills, Nash & Young – Déjà Vu (1970)
人間関係と内面世界を静かに描く名盤。『Everybody Needs a Friend』的な空気感。 - Led Zeppelin – III (1970)
ハードロックからフォークへ向かうバンドの転換点として共通点がある。 - Traffic – John Barleycorn Must Die (1970)
ブリティッシュ・フォークとジャズロックの融合。Wishbone Ashの柔軟性と響き合う。 - Fairport Convention – Full House (1970)
英国フォークロックの精髄。『Sorrel』のようなトラッド感との親和性が高い。
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