
発売日: 1975年9月
ジャンル: クラウトロック、アート・ロック、エクスペリメンタル・ロック
概要
『Landed』は、Canが1975年に発表した7作目のスタジオ・アルバムであり、バンドのサウンドが最も“外部”と接触した瞬間とも言える、開かれた音響実験である。
前作『Soon Over Babaluma』では、ダモ鈴木脱退後の空白を乗り越え、音響美とリズムの融合を探ったが、本作『Landed』では、より大胆に“ロック”“ファンク”“ポップ”といった既存の音楽要素を再解釈し、Can流に折衷している。
録音・編集はこれまで通りInner Spaceスタジオにて行われたが、特筆すべきはカニング(Jaki Liebezeit)のドラムがより鋭く躍動的に、またギターのマイケル・カローリが多彩な音色を使い分けている点である。
1970年代半ばという文脈の中で、Canはもはや“アヴァンギャルド・バンド”としてではなく、実験精神を保ちながらポピュラーな文法に接続するロック・ユニットとして機能し始めていた。
この作品は、そうした“内省と開放”の交差点で生まれた、バンドの第2期を象徴するアルバムである。
全曲レビュー
1. Full Moon on the Highway
本作でもっともポップかつキャッチーな楽曲。
明るいギターのリフと、歪みの少ないヴォーカルが心地よい疾走感を生んでおり、Canとしては異例の“歌もの”に近い。
とはいえ、その裏で刻まれる変則ビートや音響処理は、やはり彼らの実験性を保っている。
2. Half Past One
リラックスしたテンポにジャズ的なピアノが重なる、ドリーミーな小品。
Canが持つ“時間の伸縮”という美学が、ポストクラシカルな手法で繊細に表現されている。
ベースとピアノが会話するような展開が心地よく、内省的なムードが漂う。
3. Hunters and Collectors
不穏なギターとベース、そしてノイジーなシンセが絡むダークな一曲。
不協和とグルーヴが同時に進行する構造は、まさに“編集による作曲”の典型。
オーストラリアのバンド「Hunters & Collectors」の名前の由来にもなった曲である。
4. Red Hot Indians
パーカッシブなリズムと東洋的なスケールのギターが融合した、Canならではの“架空のエスニック・ミュージック”。
エネルギッシュでありながらもどこか無機質で、音の衝突が一種の快楽を生んでいる。
5. Vernal Equinox
スピリチュアル・ジャズを思わせるトラック。
前半は抽象的なパーカッションと電子音の漂いが続き、後半で突如テンポが上昇し、トランス的な状態へと突入する。
この構造変化が、Canの“サウンド・シネマ”的手法を端的に示している。
6. Unfinished
アルバムを締めくくる約13分の大作。
ノイズ、電子音、ポリリズムが交差し、Canの持つ“未完の美学”がそのままタイトルになっている。
何かが始まり、終わらないまま消えていく——そんな“時間の端”に立つような音響詩である。
総評
『Landed』は、Canが“変化すること”を恐れなかったことを証明する作品である。
クラウトロックの枠組みから外れつつも、その精神性を失わずに新たな地平を切り開いた本作は、ある意味で最も“ジャンルレスなCan”を体現している。
楽曲によっては、ポップスの構造に寄り添いながらも、即興性や編集技法が楽曲の内側で密かに機能しており、**“形の中の異物感”**が本作の聴きどころでもある。
また、録音技術の向上により、音のクリアさと奥行きが格段に増しており、後期Canの“聴かせる実験音楽”という方向性がここで芽生えている。
“ロック”における実験性が枯渇しつつあった1975年という時代において、Canは実験を音楽の外側ではなく、音楽の内部で続けることを選んだ。
それが『Landed』という作品の美しさであり、同時に危うさでもある。
おすすめアルバム(5枚)
- Can – Flow Motion (1976)
次作。さらにポップに接近し、レゲエなどの外来要素も導入。 - Brian Eno – Another Green World (1975)
実験とポップの中間点を模索した同時代の名作。 - Krautwerk – Krautwerk (2017)
CanやNeu!の系譜を現代に蘇らせたコラボ・プロジェクト。音響とグルーヴの継承が聴ける。 - Beck – Sea Change (2002)
実験音楽からポップへと寄り添った音響志向のシンガーソングライターによる静謐な名盤。 - David Bowie – Station to Station (1976)
ファンク、ソウル、実験性を融合させたアルバムで、『Landed』と同様の“越境”が見られる。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『Landed』では、Canが本格的にマルチトラック録音と物理編集を融合させた制作体制を確立。
特にホルガー・シューカイによるテープ編集の技術は、サンプリング文化やデジタル・エディットに先んじた“手作業の音響彫刻”であった。
録音はInner Spaceスタジオで行われたが、メンバーたちは録音ブースに区切られることなく、オープンな空間で互いの“気”を読みながらセッションを重ねたという。
この“音楽というより呼吸のような演奏環境”が、Can独特の有機性を生み出している。
また、ミックスにおいても従来のバランス感覚を拒み、音が前後左右から飛び交うような立体構造を志向しており、それがアルバム全体に漂う**“不思議な透明感と歪み”**を形作っている。
『Landed』は、そうした**“編集と即興のあわい”**から生まれた音楽であり、まさにタイトルの通り、Canが一度“着地”しながらも、再び飛翔の準備を始めた瞬間を記録した作品なのである。
コメント