
1. 歌詞の概要
タイ・チェンマイ出身のインディーポップ/ドリームポップバンド、Yonlapaによる「Let Me Go」は、2020年に発表された彼らの代表曲のひとつであり、繊細な別れの感情とその余韻を、淡く美しいメロディに乗せて描いた珠玉のラブソングである。タイトルにある“Let Me Go(私を手放して)”という言葉には、恋愛関係の終焉や執着からの解放というテーマが込められており、感傷的でありながらも決断を含んだ感情が、淡々とした語り口の中ににじみ出てくる。
本楽曲は、単なる別れの歌ではない。むしろ、**「まだ好き」という思いを抱えながら、それでも自分のために離れることを選ぶ」**という矛盾した心の動きを丁寧に描いている。英語で歌われる歌詞はシンプルかつ詩的で、Yonlapaの持ち味である透明感のあるサウンドと調和し、聴き手の心の奥にそっと触れるような感触を残す。
2. 歌詞のバックグラウンド
Yonlapaは、タイ・チェンマイで結成された4人組のバンドで、地元のDIYシーンから頭角を現し、2020年代に入ってからはアジア圏のみならず、欧米のインディー・シーンでも注目を集める存在となった。「Let Me Go」は彼らの初期の作品のひとつであり、国境を越えてSpotifyやYouTubeなどで人気を博したきっかけにもなった楽曲である。
ヴォーカルでソングライターでもあるNoi Yonlapaの歌声は、どこか儚くもありながら芯のある響きを持っており、この曲では特にその表現力が際立っている。淡々と語りかけるように紡がれるメロディと、まるで日記のような歌詞のトーンは、リスナーに「これは自分の物語かもしれない」と感じさせる親密さを醸し出している。
アジア発のドリームポップという文脈において、Yonlapaは特異な存在であり、「Let Me Go」はその繊細な美学が最も純粋に表れた曲のひとつといえる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics – Yonlapa “Let Me Go”
I can’t help but wonder why
どうしてなんだろうって、考えずにはいられない
You hold me tight and say goodbye
抱きしめながら「さよなら」を言うあなた
Maybe it’s not that hard for you
あなたにとっては、それほど難しいことじゃないのかもね
But I can’t lie, it breaks me too
でも私は嘘をつけない、それは私の心も壊してる
この冒頭のパートでは、相手が抱きしめて別れを告げるという矛盾した行動に対して、語り手が混乱と痛みを覚えている様子が描かれている。理屈では理解できても、感情は追いつかない──そんな葛藤が短いセンテンスに凝縮されている。
So please, just let me go
だからお願い、私を自由にして
Don’t look at me that way, no
そんな目で見ないで
‘Cause I might want to stay
だって、また戻りたくなってしまうから
このサビの部分では、相手の視線にまだ惹かれながらも、「戻ることは自分のためにならない」と知っている語り手の苦しい決断が語られる。ここでの“Let me go”は単なる別れの言葉ではなく、自立と感情の切断を意味する重要なフレーズである。
4. 歌詞の考察
「Let Me Go」の歌詞は、別れにおける“未練”と“自律”のせめぎ合いを極めて繊細に、そして静かに描いている。一般的なラブソングのように感情を爆発させることはなく、むしろ言葉を抑え、淡々と事実を述べるような語り口だからこそ、聴き手はその裏にある深い感情の揺れを強く感じることができる。
特に印象的なのは、語り手が**「相手の目線」や「触れ方」**にまだ強く惹かれていることを自覚しながらも、それが自分にとって“良くないこと”であることに気づき、「Let me go」と自ら離れを願う構図である。この内的な対立は、成熟した別れの在り方を象徴しており、恋愛だけでなく人間関係全般における境界線の重要性を示唆している。
また、英語という“距離感のある言語”を使っていることも、この楽曲の情緒に独特の冷静さをもたらしている。まるで相手には聞こえていないかのように、自分自身に語りかけるようなそのトーンが、Yonlapaの持つ内省的な魅力を際立たせている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “K.” by Cigarettes After Sex
囁くようなボーカルと感傷的な別れの情景が重なる、スロウで内省的なラブソング。 - “Linger” by The Cranberries
まだ相手に惹かれながらも、心を整理しようとする揺れる感情が描かれた90年代の名曲。 - “Peach” by Kevin Abstract
切なくも透明感のあるリズムと、思春期的な心情の交錯が魅力の一曲。 - “Moon” by Shunkan
同じくアジア圏の女性アーティストによる、ドリームポップ的質感のあるエモーショナルな楽曲。
6. 「好き」だけでは進めない──感情の境界線に立つ歌
「Let Me Go」は、“好き”という感情だけでは人は幸せになれないという、感情と理性のちょうど間にある真実を優しく描いた楽曲である。痛みを抱えたまま、それでも自分のために距離を取る。その選択は時に残酷だが、同時に強さでもある。
Yonlapaのこの曲は、東南アジアのインディー・シーンから生まれた静かな宝石であり、国や言語を越えて“心の旅”を共有できる作品だと言えるだろう。聴くたびに、自分の中の“Let me go”という小さな声が見つかる、そんな特別な体験を提供してくれる一曲である。
「Let Me Go」は、別れの切なさではなく、“決断する強さ”を描いた静かなるラブソングの傑作である。
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