イントロダクション
1980年代初頭のロサンゼルス。
ハードコア・パンクが荒れ狂うその地下シーンで、ひときわ異彩を放つバンドがあった。
それが**X（エックス）**である。
彼らは激しさの中に、どこかフォークやカントリーにも似た情緒を抱え、
暴力性ではなく“詩”によって怒りを表現した。
その音楽は荒削りで誠実で、何よりも都市生活者のリアルな孤独と焦燥を封じ込めていた。
バンドの背景と歴史
Xは1977年、カリフォルニア州ロサンゼルスで結成された。
メンバーはジョン・ドウ（John Doe）（Vo/Ba）、エクシーン・セルヴェンカ（Exene Cervenka）（Vo）、ビリー・ズーン（Billy Zoom）（Gt）、D.J. ボーンブレイク（D.J. Bonebrake）（Dr）。
ジョンとエクシーンという詩人のような2人のボーカルを中心に、
カントリー、ロカビリー、R&Bの影響を受けたギターと、パンクの衝動が融合。
この独自のスタイルは、のちに“カウパンク（Cowpunk）”や“アメリカーナ・パンク”と呼ばれる流れの先駆けともなった。
1980年にデビューアルバム**『Los Angeles』**をリリース。
プロデュースは元The Doorsのレイ・マンザレク。
その後も『Wild Gift』『Under the Big Black Sun』『More Fun in the New World』とアルバムを重ね、
アメリカ西海岸パンクの象徴として確固たる地位を築いた。
音楽スタイルと影響
Xの音楽は一言で言えば**“文学的なパンク”**である。
ジョンとエクシーンが交互に、あるいは重なり合って歌う独特のヴォーカルスタイルは、会話のようであり、朗読劇のようでもある。
彼らの歌詞は恋愛、社会の歪み、都市生活の不安、死と暴力、そしてロサンゼルスという場所そのものを生々しく描いている。
それは詩であり、叫びであり、ドキュメントだった。
音楽的にはロカビリー、フォーク、60sポップ、ブルースなどの要素をパンクに組み込んでおり、
同時代のBlack FlagやCircle Jerksのような“ハードコア路線”とはまったく異なる、より音楽的で抒情的なアプローチをとっていた。
代表曲の解説
Los Angeles（1980）
デビュー作のタイトル曲にして、彼らの代表作。
暴力と疎外の象徴として描かれる“ロサンゼルス”の街を舞台に、アイデンティティと怒りの渦が巻き起こる。
ギターは鋭く、リズムはタイト、
そしてエクシーンとジョンのかけあいは、都市の混沌をそのまま音にしたかのようだ。
タイトルの地名が、ここまで悲鳴のように響く曲は他にない。
The World’s a Mess; It’s in My Kiss（1980）
『Los Angeles』のラストを飾る名曲。
複雑なコード進行、淡々とした演奏、そこに乗るエクシーンの詩的で崩壊寸前の歌。
世界の混乱を“キス”に投影するその表現は、暴力の中にある愛、破壊の中の耽美を感じさせる。
White Girl（1981）
2ndアルバム『Wild Gift』収録。
ラブソングの形式をとりつつ、複雑な社会的ニュアンスが滲む一曲。
“白人女性”という象徴を通して、人種、階級、恋愛、都市文化が交錯する。
ポップでキャッチーだが、決して軽くはない。
アルバムごとの進化
『Los Angeles』（1980）
デビュー作にして、LAパンクの金字塔。
スピード、詩、社会批評のすべてが凝縮された、激しくも美しい作品。
『Wild Gift』（1981）
よりポップで洗練されたサウンドへと進化。
家庭、恋愛、日常の“中にある怒り”がテーマとなっており、バンドの詩人性がさらに際立つ。
『Under the Big Black Sun』（1982）
エクシーンが姉を事故で亡くした直後に制作された作品で、
喪失と死の影が色濃く漂う。
それでも音楽は攻撃的で、むしろ静かな絶望が音を研ぎ澄ませている。
『More Fun in the New World』（1983）
社会性とポップ性が共存するバランスの良いアルバム。
政治的メッセージも増し、当時のレーガン時代の空気感を反映している。
影響を受けたアーティストと音楽
The Doors、Chuck Berry、Bo Diddley、The Velvet Underground、Patti Smithなど、
“詩とロックの融合”を志向した先駆者たちからの影響が強い。
また、カントリーやロカビリーへの愛着は、音の骨格にまで落とし込まれており、
それが他のパンクバンドとは一線を画す“アメリカーナ性”を生んでいる。
影響を与えたアーティストと音楽
Xの音楽は、90年代のカウパンク／オルタナ・カントリーシーン（Uncle Tupelo、Wilco、Whiskeytown）に強い影響を与えた。
また、Sleater-Kinney、Yeah Yeah Yeahs、The Killsといった、
詩性と荒々しさを併せ持つ女性ボーカルのバンドにもスピリチュアルな源泉として意識されている。
オリジナル要素
Xは、“文学とパンクの融合”という命題に最も誠実に取り組んだバンドのひとつである。
それは知性や技巧ではなく、むしろ“生活感”と“傷”に裏打ちされた表現だった。
都市の壁に書かれた詩、夜のキッチンで交わされた怒鳴り声、
愛し合いながらも壊れていく関係――
Xは、それらすべてを音にしてきた。
まとめ
Xは、過激さでも破壊力でもない、生活の中のリアリズムによってパンクを成立させたバンドだった。
その音は速くない。重くもない。
だが、心に直接届いてくる。
それは恋人とすれ違った夜に、ふと誰にも伝えられなかった言葉たち。
Xは、それを音楽というかたちで残してくれた。
だからこそ、40年以上経った今もなお――
Xの音楽は、ロサンゼルスの片隅で、静かに、激しく、鳴り続けている。
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