
発売日: 2022年11月18日
ジャンル: ガレージ・ロック、環境フォーク、アヴァン・アメリカーナ
記憶か、未来か——Neil Young、地球のために歌い続ける“音の備忘録”
『World Record』は、Neil YoungがCrazy Horseとともに2022年に発表した38作目のスタジオ・アルバムであり、気候変動、記憶、愛、そして“音楽の持つ記録性”をテーマにした、私的かつ地球規模のジャーナルのような作品である。
プロデューサーには再びRick Rubinを迎え、録音はすべてアナログ・テープで行われた。
そのため本作には、カセットに記録された日記のような親密さと、ヴィンテージ機材が醸す生々しい実在感が息づいている。
音楽的には、ピアノ、ハーモニカ、ワズー(ラッパ状のトイ楽器)なども登場し、脱構築された“カントリー・ポストロック”的風景が現れる。
全曲レビュー
1. Love Earth
穏やかなラテン調のリズムに乗せて、“地球への愛”を真っ直ぐに語る。 繰り返される“Love Earth”というフレーズが、賛美歌のように耳に残る。
2. Overhead
環境破壊と空の変化を描いたスロー・フォーク。飛行機の騒音と青空の記憶を対比させることで、ノスタルジアと批判を同居させる。
3. I Walk with You (Earth Ringtone)
冒頭に地球の“着信音”のような効果音を使用。人と自然の絆、歩み寄りの可能性を詩的に歌う。
4. This Old Planet (Changing Days)
“古びた惑星”と“変わりゆく時代”を並列に扱うバラード。人類の加速度的進化と、地球の古層的静けさが対照を成す。
5. The World (Is in Trouble Now)
エレクトリック・ブルース調の一曲。「世界は今、困難の中にある」という直球のメッセージが、ヤングらしい痛烈さを湛える。
6. Break the Chain
反復リズムに乗せて、「破壊的な連鎖を断ち切れ」と訴える。 サウンドはノイジーながら、内容は一貫して希望を指向する。
7. The Long Day Before
記憶と時間の層を描くミッドテンポの叙情曲。1日が始まる前の静けさの中で、何を選び取るかという問いが込められている。
8. Walkin’ on the Road (To the Future)
未来へと続く道を歩む自画像的ソング。古風なフォーク・コードとコーラスが、ロード・ソングの王道を踏みしめる。
9. The Wonder Won’t Wait
驚きは待ってくれない——変化を恐れるのではなく、飛び込むべきだという姿勢を貫く軽快な一曲。
10. Chevrolet
アルバム中最長の15分に及ぶロック・ジャム。アメリカ車の象徴“シボレー”を軸に、過去と現在、環境と自由の間を行き来する。 ロングトラックながら飽きさせないギターの躍動感が印象的。
総評
『World Record』は、Neil Youngという“音の記録者”が、現在の地球に関する“覚え書き”をアナログ・テープに残したような作品である。
そこには、怒りもあれば、希望もあり、そして何より「まだ歌える限りは、歌おう」という決意がある。
Crazy Horseの演奏は、かつての轟音ではなく、時に囁き、時に踏みしめるような、慎重で柔軟なタッチに変化している。
その変化すらも“記録”なのだろう。
Neil Youngはこのアルバムを通して、「未来は予測ではなく、選択だ」と語っているように聞こえる。
それは、音楽が何かを変えると信じる人間が、今なお「記録者」として歩みを止めない証明である。
おすすめアルバム
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Peace Trail / Neil Young
同じく環境問題を中心に据えたローファイ・プロテスト・アルバム。 -
Colorado / Neil Young & Crazy Horse
自然と共生する音楽の先駆け。『World Record』との連続性がある。 -
Le Noise / Neil Young
孤独と宇宙性をギターで描く異色作。音の質感が共鳴する。 -
Tilt / Scott Walker
破壊と未来を音で予言するような実験的作品。精神的共鳴あり。 -
All Things Being Equal / Sonic Boom
環境と内面をめぐるエレクトロ・アンビエント。現代の“音の祈り”。
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