
発売日:2020年6月26日
ジャンル:Indie Rock / Pop Rock / Soft Rock / Alternative Pop / Folk Rock / R&B
概要
Women in Music Pt. IIIは、ロサンゼルス出身の姉妹バンドHAIMが2020年に発表した3作目のスタジオ・アルバムである。Este Haim、Danielle Haim、Alana Haimの3人によるバンドが、デビュー作Days Are Goneで確立した精密なポップ・ロック、続くSomething to Tell Youで拡張したスタジオ志向をさらに解体し、より生々しく、個人的で、ジャンル横断的な音楽へ踏み込んだ作品である。
タイトルのWomen in Music Pt. IIIは、音楽業界でしばしば使われる「Women in Music」という表現を半ば皮肉に転用したものと考えられる。女性アーティストを性別によって特別なカテゴリーへ隔離する業界慣行への違和感が背景にあり、タイトル自体がHAIMの立場を示している。
本作は、彼女たちが「女性バンド」という説明から自由になり、一組のロック/ポップ・アーティストとして自分たちの音楽的語彙を全面的に広げた作品でもある。
HAIMはしばしばFleetwood Mac、Joni Mitchell、The Eaglesなど1970年代の西海岸ロックと比較されてきた。確かに、3人のコーラス、乾いたギター、柔らかなグルーヴにはロサンゼルスのソフト・ロックやフォーク・ロックの影響がある。
しかしWomen in Music Pt. IIIでは、そのイメージに収まらない要素が大きく前面へ出る。
ヒップホップ的なドラム・プログラミング、90年代R&B、ジャズ的なサックス、ファンク、インディー・ロック、ローファイ、アコースティック・フォーク、さらにはLou Reed的な都市の描写までが一枚の中で自然に共存する。
プロデュースにはDanielle Haimと長年の協力者Ariel Rechtshaid、そしてVampire WeekendのRostam Batmanglijらが関わり、音響面でもHAIMの過去作とは明確な差がある。
それまでのHAIMは、演奏の正確さやアレンジの完成度を強く感じさせるバンドだった。本作では逆に、ドラムの生々しい音、ギターの擦れ、スタジオ内の空気、声のわずかな揺れなどを積極的に残している。
この「不完全さ」が歌詞の内容と結びつく。
Women in Music Pt. IIIで扱われるのは、成功の高揚よりも、不安、抑うつ、孤独、友情、家族、恋愛における不均衡、音楽業界で女性として扱われることへの苛立ちである。
特にDanielle Haimの内面が強く反映された楽曲が多く、ツアー生活や精神的な落ち込み、ロサンゼルスという都市への愛憎が繰り返し登場する。
一方で、作品は完全に暗いわけではない。
「The Steps」の挑発的なギター、「Gasoline」の官能的なグルーヴ、「3 AM」のR&B、「Summer Girl」のジャズ的な軽さなど、音楽そのものには遊び心がある。
苦しい題材を扱いながら、サウンドはむしろ自由になっている。
その逆説こそ、本作がHAIMの最高到達点のひとつと評価される理由である。
全曲レビュー
1. Los Angeles
アルバムは、HAIMの故郷であるロサンゼルスをタイトルにした楽曲から始まる。
しかし、これは単純な郷土賛歌ではない。
歌詞では、ロサンゼルスに対する愛着と倦怠が同時に描かれる。長く暮らした街だからこそ知っている美しさがある一方、同じ場所に居続けることへの閉塞感もある。
Danielle Haimの歌唱は淡々としており、都市を劇的に美化しない。
音楽的には、柔らかなグルーヴとサックスが特徴である。
ロック・バンドのオープニング曲としては非常に抑制されており、ギター・リフで強く始めるのではなく、空気を作るようにスタートする。
ここにはLou Reedの「Walk on the Wild Side」や、ジャズ/R&Bを取り込んだ都市型ポップを思わせる感覚もある。
重要なのは、ロサンゼルスが単なる背景ではなく、アルバム全体の登場人物のように機能することである。
HAIMはこの街で育ち、音楽活動を始め、成功した。
そのため「離れたい」と思いながらも完全には切り離せない。
この矛盾が、本作の最初のテーマとして提示される。
2. The Steps
本作を代表するロック・ナンバーのひとつ。
乾いたギター・リフと大きなドラムが前面に出ており、HAIMのライブ・バンドとしての強さがよく表れている。
歌詞の中心にあるのは、恋愛関係における非対称性である。
自分は努力しているのに、相手は同じだけの努力を返してくれない。
「自分がステップを踏んでいるのに、相手はついてこない」という構図が、関係の不均衡を象徴している。
Danielleの歌唱には怒りがあるが、完全に爆発するわけではない。
むしろ苛立ちを一定の温度で維持することで、曲全体に緊張感を与える。
音楽的にはFleetwood Mac的なギター・ポップを思わせる部分もあるが、音はずっと荒い。
ギターが少し潰れ、ドラムは過度に整えられていない。
この粗さによって、歌詞の苛立ちがそのままサウンドへ変換されている。
3. I Know Alone
孤独と精神的な閉塞を扱った楽曲。
タイトルの「I Know Alone」は、「孤独を知っている」という意味であり、単に一人でいるという状況ではなく、孤独そのものが日常化した状態を表す。
歌詞には移動、ホテル、夜、電話、時間感覚の崩れなどが登場し、ツアー生活によって精神的な位置を見失う感覚が漂う。
この曲が特に印象的なのは、歌詞の暗さに対してサウンドが電子的で洗練されていることだ。
ドラムはプログラムされたように硬く、ヴォーカルには加工が施され、空間は広い。
従来のHAIMが持っていた生演奏中心のイメージからかなり離れている。
その冷たい電子音が、「人の中にいても孤独」という感覚を効果的に表現する。
2020年のリリース時期には社会的な隔離の状況とも偶然重なったが、本来の歌詞はそれ以前から存在していた。
結果として、個人的な孤立と時代全体の孤立感が不思議な形で接続した楽曲でもある。
4. Up From a Dream
夢から突然目覚める感覚を題材にした曲。
歌詞では、現実と夢の境界が曖昧になり、意識が切り替わる瞬間の混乱が描かれる。
本作には精神状態の変化を扱う曲が多いが、この曲ではそれが非常に身体的に表現されている。
ドラムはせわしなく、ギターも短いフレーズを反復する。
楽曲そのものが安定した場所へ落ち着かないため、眠りから急に引き戻されたような感覚がある。
HAIMのポップ・ソングは一般にフックが明快だが、本作ではこうした少し歪んだ構造も増えている。
「Up From a Dream」はその代表例であり、インディー・ロック的なざらつきとポップの即効性を両立している。
5. Gasoline
本作の中でも特に官能的なグルーヴを持つ楽曲。
「Gasoline」という言葉は燃料を意味し、欲望や緊張を燃焼させるものの比喩として機能している。
歌詞には恋愛や身体的な欲求、相手との距離に対する苛立ちが入り混じる。
HAIMの従来の恋愛曲は比較的明快なポップ表現が多かったが、この曲では感情がより曖昧で、欲望と不快感が同時に存在する。
音楽的には、ベースとドラムのグルーヴが非常に重要である。
ギターは曲を支配するのではなく、余白を残しながらアクセントを加える。
このミニマルなアレンジによって、Danielleのヴォーカルの息遣いが前面に出る。
後にTaylor Swiftを迎えた別ヴァージョンも発表されたが、アルバム版ではHAIM自身の乾いたファンク感がより直接的に感じられる。
6. 3 AM
深夜3時の電話を題材にしたR&B色の強い楽曲。
冒頭の留守番電話的な音声から始まり、そこから90年代後半から2000年代初頭のR&Bを思わせるビートへ入る。
歌詞では、深夜に突然連絡してくる相手との関係が描かれる。
相手が何を求めているのかは明確だが、その関係が本当に意味のあるものかどうかは疑わしい。
「3 AM」という時間設定が重要である。
昼間なら理性的に拒否できることでも、深夜になると感情や孤独が判断を変える。
その微妙な心理状態を、HAIMはユーモアと距離感を保ちながら描く。
サウンドはTLCやAaliyahなど90年代R&Bの影響を感じさせるが、完全な懐古にはならない。
バンド演奏とプログラミングの境界を曖昧にすることで、HAIM独自のオルタナティヴR&Bへ変換している。
7. Don’t Wanna
「もう続けたくない」という感情と、それでも関係を諦めきれない気持ちの間で揺れるラブソング。
タイトルだけを見ると拒絶の歌に思えるが、実際にはもっと複雑である。
関係に疲れている。
しかし終わらせたいわけではない。
この矛盾が曲の中心にある。
音楽的には本作の中では比較的ストレートなポップ・ロックで、軽快なギターと安定したリズムが特徴である。
そのため歌詞の迷いとは対照的に、曲自体は非常に前向きに進んでいく。
HAIMはこうした「感情とサウンドの食い違い」を多用する。
悲しい内容を悲しい音だけで表現しないことで、複雑な感情をそのまま残している。
8. Another Try
失敗した関係にもう一度可能性を与えるかどうかを考える楽曲。
タイトル通り「もう一度試す」というテーマだが、完全な希望の歌ではない。
過去に傷ついた経験を覚えたまま、それでも再び向き合えるかを考える。
音楽はレゲエやソフト・ロックのようなゆったりしたリズムを持ち、アルバム中盤に柔らかな空間を作る。
HAIMはジャンルを大げさに切り替えるのではなく、リズムのニュアンスとして取り込む。
そのため「Another Try」もレゲエ曲そのものではなく、レゲエの浮遊するビートをHAIMのポップ・ソングへ自然に溶かした作品になっている。
9. Leaning on You
アコースティック・ギターを中心とした、非常に親密なフォーク・ポップ。
タイトルは「あなたに寄りかかる」という意味で、他者に依存することへの不安と必要性を扱う。
歌詞では、自分が十分に成熟していないのではないか、他人を傷つけてしまうのではないかという自己疑念が表れる。
本作には恋愛相手を批判する曲だけでなく、自分自身の弱さを見つめる曲も多い。
「Leaning on You」はその中でも特に率直である。
アレンジは意図的に小さい。
派手なドラムや巨大なコーラスを避け、声とギターの距離を近くすることで、告白のような親密さを作る。
Joni Mitchellや70年代シンガー・ソングライターの影響を感じさせる楽曲である。
10. I’ve Been Down
タイトル通り、精神的な落ち込みを直接扱う。
「down」は気分が沈んでいる状態を表す日常語だが、この曲ではそれが長く続いている感覚が強い。
歌詞には抑うつ状態や、自分が周囲から理解されていないという孤立感が滲む。
それにもかかわらず、曲自体にはどこか軽さがある。
この対比が重要だ。
HAIMは精神的な不調を劇的な悲劇として演出するのではなく、日常の中に存在する状態として描く。
調子が悪くても生活は続き、仕事をし、人と話し、音楽を作る。
その現実的な感覚が本作全体の強みとなっている。
コーラスの親しみやすさもあり、重いテーマをポップ・ソングとして成立させた好例である。
11. Man from the Magazine
音楽業界における女性差別を非常に直接的に扱った短い楽曲。
タイトルの「雑誌の男」は、取材や業界内の場面で女性アーティストに向けられる無神経な質問や態度の象徴として機能する。
歌詞では、男性ミュージシャンには聞かれないような質問を女性だけが受ける状況や、楽器店などで軽視される経験が描かれる。
アレンジは極めて簡素で、アコースティック・ギターとヴォーカルを中心に進む。
この素朴さが、歌詞の鋭さを強調する。
巨大なプロダクションで怒りを表現するのではなく、ほとんど会話のように歌うことで、実際にあった日常的な不快感として響く。
アルバム・タイトルWomen in Music Pt. IIIの皮肉を最も明確に説明する曲でもある。
12. All That Ever Mattered
本作の中でも特に荒々しい曲。
歪んだギター、突然の叫び、音響的なノイズが重なり、HAIMの従来の洗練されたイメージから大きく外れる。
歌詞は過去の恋愛や、その関係において本当に重要だったものを振り返る。
しかし、穏やかな回想にはならない。
感情が断片的に噴き出すような構成で、音楽そのものが精神的な混乱を表現している。
この曲は、Women in Music Pt. IIIが単なるソフト・ロック回帰作品ではないことを示す。
HAIMは70年代的な滑らかさだけでなく、90年代オルタナティヴやノイズ・ロック的な粗さまで取り込んでいる。
13. FUBT
タイトルは強い怒りを込めた略語で、「完全にひどい状態」を示すようなニュアンスを持つ。
アルバム中でも特に感情的な重さを持つ曲である。
歌詞では、人間関係の中で自分が傷つきながらも、その状況から簡単には離れられない心理が描かれる。
自分でも関係の不健全さを理解している。
それでも感情は理屈通りに動かない。
音楽はゆっくりと始まり、次第にギターが大きくなっていく。
このビルドアップが非常に効果的で、抑えていた感情が少しずつ限界へ近づく様子を表している。
本作の中でも、HAIMがロック・バンドとして持つダイナミクスを最も強く感じられる曲のひとつである。
14. Now I’m in It
不安や抑うつ状態に入り込んでしまった感覚を、驚くほど軽快なポップ・ソングとして表現した楽曲。
タイトルの「今、その中にいる」という言葉が重要である。
問題を克服した後から振り返っているのではない。
まだ渦中にいる。
この現在進行形の感覚が、歌詞に切迫感を与える。
サウンドはテンポが速く、ドラムも前へ進み続ける。
精神的には動けないのに、音楽だけは走り続ける。
この矛盾が非常に効果的である。
抑うつを静止や沈黙として表現せず、「頭の中が止まらない状態」として表現した点に、この曲の現代性がある。
15. Hallelujah
3姉妹それぞれの家族、友情、喪失、絆を扱った非常に個人的な楽曲。
宗教的な「Hallelujah」という言葉を使っているが、中心にあるのは信仰そのものより、人とのつながりに対する感謝である。
Este、Danielle、Alanaそれぞれの経験が反映されており、とりわけ喪失を経験した友人への思いなど、個人的な背景が強い。
演奏はアコースティックで、3人の声の調和を中心にしている。
HAIMの最大の特徴のひとつは姉妹によるコーラスだが、本曲ではその特性が最も純粋な形で現れる。
技巧的なハーモニーではなく、「同じ家族の声」が重なることそのものに意味がある。
アルバム後半の精神的な重さの中で、人とのつながりを確認する役割を持つ重要曲である。
16. Summer Girl
アルバムを締めくくる楽曲。
Danielle HaimがパートナーであるAriel Rechtshaidの病気と向き合う過程で生まれた曲として知られ、相手を支えたいという感情が中心にある。
タイトルの「Summer Girl」には、夏の光、安心感、柔らかさがある。
歌詞も、それまでのアルバムに多かった不安や対立とは異なり、誰かのそばにいるという静かな決意を描く。
音楽的には本作屈指の異色作である。
歩くようなベース・ライン、サックス、抑制されたドラム、Danielleのささやくような歌唱が組み合わされ、ロックというよりジャズ/アート・ポップに近い。
Lou Reedの「Walk on the Wild Side」を連想させる構造もあり、ロサンゼルスの街を漂うような感覚がある。
アルバム冒頭の「Los Angeles」とも呼応している。
最初は街への倦怠から始まり、最後は同じ都市空間の中で誰かを支える静かな温かさへ到達する。
派手なクライマックスではなく、余韻を残して作品を終える点も本作らしい。
総評
Women in Music Pt. IIIは、HAIMが自分たちに付けられてきたイメージを壊しながら、それまでの長所を失わなかった作品である。
デビュー当時のHAIMは、しばしば「現代版Fleetwood Mac」のように説明された。
確かに、3人のハーモニー、70年代西海岸ロックへの愛情、精密な演奏、柔らかなポップ・メロディには共通点がある。
しかし本作では、その比較だけでは説明できなくなる。
「3 AM」には90年代R&Bがある。
「Summer Girl」にはジャズとLou Reed的な都市感覚がある。
「All That Ever Mattered」にはノイズ・ロックがある。
「Leaning on You」にはフォークがある。
「I Know Alone」にはエレクトロニック・ポップがある。
「The Steps」には荒々しいギター・ロックがある。
にもかかわらず、アルバムが散漫にならない。
その理由は、ジャンルではなく「演奏する3人の人格」が作品を統一しているからである。
Esteのベースはリズムと旋律を同時に動かし、Alanaのギターやキーボードは楽曲ごとに異なる色を加え、Danielleはヴォーカルだけでなくギターとドラムにも深く関与する。
HAIMはポップ・グループとして知られる一方、実際には非常に強い演奏能力を持つバンドである。
本作ではその演奏力を「正確さ」だけに使わず、あえて崩したり、間を残したりする。
これが過去作との大きな違いである。
Days Are Goneでは、リズムもハーモニーも非常に精密に組み立てられていた。
Something to Tell Youでは、さらにスタジオ的な厚みが加わった。
一方Women in Music Pt. IIIでは、完成度を高めるという方向から離れ、「曲に必要なら雑音も残す」という考え方へ進む。
この変化によって歌詞もより直接的に響く。
特に精神的な不調の扱いは重要である。
「I Know Alone」「I’ve Been Down」「Now I’m in It」では、不安や抑うつを大げさな悲劇として描かない。
それは日常の延長にある。
朝起きる。
移動する。
電話を見る。
人に会う。
それでも内面は沈んでいる。
こうした現実的な描写によって、精神的な不調が抽象的なテーマではなく生活そのものとして現れる。
また、「Man from the Magazine」では、女性ミュージシャンとして活動する中で受けてきた扱いに対する怒りが明確に表現される。
この曲の存在によって、アルバム・タイトルも単なるユーモアではなくなる。
「Women in Music」というカテゴリーそのものへの疑問が、作品の内部から提示される。
重要なのは、HAIMがこの問題を「女性だからこういう音楽を作る」という方向へ回収しないことである。
むしろ逆である。
女性だから特定ジャンルへ分類されることを拒み、R&B、ロック、フォーク、ファンク、ジャズ、ポップを自由に横断する。
その意味で、タイトルと音楽内容は完全に対応している。
さらに本作は、2010年代インディー・ロックと2020年代ポップの境界を考えるうえでも重要な作品である。
HAIMはインディー・ロックの文脈から評価されながら、巨大なポップ・フェスティバルやメインストリーム市場でも活動してきた。
しかし彼女たちは「インディーらしくするためにポップを拒否する」ことも、「ポップになるためにロックを捨てる」こともしなかった。
Women in Music Pt. IIIではその中間性が成熟している。
「The Steps」のようなギター・ロック曲と「3 AM」のR&Bが同じアルバムに入り、それが不自然に聞こえない。
これは2020年代以降のポップにおけるジャンル境界の希薄化とも一致する。
アーティストがひとつのジャンルに属する必要がなくなり、個人のプレイリストのように異なる音楽的伝統を組み合わせる。
HAIMはその流れを、バンドという古典的な形式の中で実現した。
歌詞面では、本作は「成功後のアルバム」としても興味深い。
初期のHAIMには、夢を追う若いバンドとしての勢いがあった。
しかしWomen in Music Pt. IIIでは、成功しても不安は消えず、キャリアが長くなっても人間関係は簡単にならないという現実が描かれる。
ロサンゼルスで成功した。
世界をツアーした。
アルバムも評価された。
それでも孤独になる。
この「成功と幸福は同じではない」という認識が、作品に成熟を与えている。
そしてアルバムの最後を「Summer Girl」が担うことも象徴的である。
本作は問題を解決して終わらない。
孤独が完全に消えるわけでも、恋愛の不均衡がすべて修復されるわけでもない。
最後に残るのは、誰かのそばにいるという小さな行為である。
その慎ましい結論によって、アルバムは大げさな自己肯定へ向かわず、人間関係の現実的な温かさへ着地する。
Women in Music Pt. IIIは、HAIMの過去のスタイルを否定せず、それを自由に解体したアルバムである。
西海岸ロックの伝統を持ちながら、R&B、ジャズ、ファンク、インディー、エレクトロニック・ポップへ広がる。
完璧な演奏能力を持ちながら、あえて不完全な音を残す。
個人的な傷を扱いながら、閉じた告白にはならない。
その多層性によって、本作は2020年代初頭のロック/ポップを代表する作品のひとつとなった。
おすすめアルバム
1. HAIM – Days Are Gone(2013)
HAIMのデビュー作。精密なリズム、3姉妹のハーモニー、80年代ポップや70年代ソフト・ロックの影響を組み合わせ、「The Wire」「Falling」「Forever」などを収録する。Women in Music Pt. IIIの自由なサウンドと比較すると、バンドがどれほど録音美学を変化させたかがよく分かる。
2. Fleetwood Mac – Tusk(1979)
HAIMのルーツとしてFleetwood Macは頻繁に挙げられるが、特に関連が深いのは実験性の高いTuskである。ソフト・ロックの美しいメロディを持ちながら、ローファイ、奇妙なリズム、スタジオ実験を大胆に取り入れている。完成されたポップを意図的に崩すという点で、Women in Music Pt. IIIと強く響き合う。
3. Joni Mitchell – The Hissing of Summer Lawns(1975)
ロサンゼルス的な生活風景、女性の視点、フォークからジャズやファンクへ広がる音楽性という点で関連性の高い作品。単純なシンガー・ソングライター作品から離れ、都市生活や人間関係を複雑なアレンジで描いた点はHAIMの本作にも通じる。
4. Vampire Weekend – Father of the Bride(2019)
Rostamとの音楽的人脈も含め、本作と近い時代感覚を持つアルバム。フォーク、ソフト・ロック、ジャム・バンド、エレクトロニック・ポップなどを自由に横断しながら、ジャンルを一つに固定しない。2010年代後半から2020年代にかけてのインディー・ポップの変化を理解するうえで比較しやすい。
5. Fiona Apple – Fetch the Bolt Cutters(2020)
Women in Music Pt. IIIと同じ2020年に発表された重要作。音響的には異なるが、女性アーティストとして受けてきた社会的・業界的な圧力を個人的な経験から描き、従来のスタジオ録音の「美しさ」より生々しさを優先する点で共通する。2020年前後のオルタナティヴ・ポップが、完成度より人格や身体性を前面へ押し出していった流れを象徴する一枚である。

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