
1. 歌詞の概要
U2の代表曲のひとつである「With or Without You」は、1987年にリリースされた彼らの5作目のスタジオアルバム『The Joshua Tree』に収録された楽曲であり、バンドにとって初の全米ナンバーワンヒットとなった記念碑的作品でもある。この曲が放つエモーショナルな力と普遍性は、発表から40年近く経った現在でも多くの人々の心を打ち続けている。
歌詞のテーマは、「愛」と「矛盾」である。具体的には、愛するがゆえに苦しむ感情や、関係が壊れているにもかかわらず、離れることができない人間のもろさを描いている。タイトルの「With or Without You(君がいても、いなくても)」というフレーズに象徴されるように、語り手は「君と一緒にいることもできないし、君なしでも生きられない」というジレンマの中で葛藤している。
歌詞は非常に抽象的かつミニマルであり、具体的なストーリーよりも感情そのものを直接的に伝えるような構造となっている。それゆえ、聴く人それぞれが自分の経験や感情に重ねることができる余白があり、多くのリスナーにとって“自分の歌”として響いているのがこの曲の大きな特徴である。
2. 歌詞のバックグラウンド
「With or Without You」の制作背景には、ボーカルのボノ自身の私生活における葛藤が色濃く反映されているとされている。当時の彼は、バンド活動による過密なスケジュールと、家庭とのバランスに悩んでいた時期にあり、この曲の歌詞はその内面の引き裂かれるような感情が投影されたものだ。
プロデュースはブライアン・イーノとダニエル・ラノワのコンビによって行われ、シンセパッドとスライドギター、そしてアダム・クレイトンのシンプルながら重厚なベースラインが作り出す瞑想的なサウンドスケープが特徴である。特にエッジ(The Edge)のギターは、この楽曲でディレイとアンビエンスを極限まで生かし、U2ならではの“空間系”サウンドの原型を築き上げた。
この曲は、当初バンド内でも評価が分かれていたものの、スタジオでの実験的なアプローチを経て完成され、結果的にU2史上最も象徴的なラブソングのひとつとなった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、楽曲の中で特に印象的な一節を抜粋し、日本語訳を併記する。
See the stone set in your eyes
君の目に浮かぶ固い表情を見る
See the thorn twist in your side
君の心に刺さる棘のような痛みも見える
I wait for you
それでも僕は君を待つWith or without you
君がいても、いなくても
I can’t live
生きていけない
With or without you
君がいても、いなくても
出典:Genius – U2 “With or Without You”
4. 歌詞の考察
この曲が訴えかけるのは、人間関係における“執着と切り離しのあいだ”にある不安定な感情である。特に愛する者との関係において、「もう終わらせるべきだ」と頭では理解していても、感情がそれを許さないという、矛盾と自己葛藤がリアルに描かれている。
「I can’t live / with or without you」という一節は、矛盾そのものを受け入れた言葉であり、人間の感情が理屈や白黒では割り切れないものであることを象徴している。愛することが苦しみを伴うものであっても、それを手放すことがさらなる苦しみとなる——そんな感情は、多くの人にとって共通する人生の瞬間に訪れるものであり、この曲が長く支持される理由のひとつである。
また、語り手は自分の内面と向き合い続ける一方で、相手を責めることなく、どこか無力さや諦めのような静かな感情をにじませている。それは怒りや悲しみといった表層的な感情ではなく、愛の“深い部分”にある矛盾を受け入れる成熟した苦悩の姿でもある。
ボノのボーカルは、楽曲が進行するごとに次第に激情を帯びていくが、それは単なるエモーションの爆発ではなく、「感情に言葉が追いつかない瞬間」を音で描いたような表現となっている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Everybody Hurts by R.E.M.
孤独と苦しみの普遍性を静かに、しかし力強く伝える名バラード。 - One by U2
「With or Without You」と並ぶU2のもうひとつの愛と矛盾の歌。感情の複雑さを引き継ぐ。 - Tears in Heaven by Eric Clapton
喪失と愛の記憶をテーマにした、抑制されたエモーションが美しいバラード。 - Fix You by Coldplay
苦しむ相手に寄り添おうとする姿勢と、自らの無力さへの向き合い方が似ている。 - Breathe Me by Sia
繊細で傷つきやすい感情を包み込むように描く。心の奥を揺さぶられる一曲。
6. 感情のジレンマを普遍化した不朽のバラード
「With or Without You」は、単なるラブソングではない。それは人間の内面にある“理屈では割り切れない感情”をそのまま封じ込めた、普遍的な「感情の詩」である。愛と苦悩、希望と諦念、離れたいのに離れられない——そうした矛盾した思いに身を焦がしたことのあるすべての人にとって、この曲は静かに、しかし確実に心の奥深くへと届く。
U2はこの楽曲を通じて、「愛とは何か」「関係性の中で人はどう在るべきか」という永遠の問いを音楽で投げかけている。だからこそ、この曲は時代を超えて多くの人に寄り添い、聴くたびに違う感情を引き出してくれる。
音の“間”、言葉の“少なさ”、そして感情の“深さ”。それらすべてが完璧にバランスされたこの楽曲は、まさにポピュラーミュージックにおける名曲中の名曲であり、“どうしても割り切れない”という人間の本質を、静かに抱きしめるような一曲である。
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