Wild Horses by The Rolling Stones(1971)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Wild Horses(ワイルド・ホース)」は、The Rolling Stonesが1971年に発表した名盤『Sticky Fingers』に収録されたバラードであり、ストーンズが持つ“荒々しさ”と“繊細さ”という二つの資質が、美しく交錯する傑作である。

歌詞の中心にあるのは、“別れ”と“愛への執着”、そしてその狭間で揺れ動く、どうしようもない切実さだ。
タイトルの「野生の馬たち(Wild Horses)」は、比喩として「どんな力をもってしても引き離せない」強い感情、つまり“それでも君から離れられない”という、愛の矛盾を象徴している。

この曲は、恋人との別れを受け入れようとしながらも、その感情の根深さを否応なく突きつけられるような、静かで誠実な祈りに満ちている。
ミック・ジャガーの歌声は、通常のロック的な咆哮とは異なり、低く、柔らかく、どこか壊れかけたような響きで、聴く者の心の奥に静かに沈んでいく。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Wild Horses」は、主にキース・リチャーズによって書かれた楽曲で、その発想の元となったのは、ツアーで家族と離れ離れにならざるを得なかった彼の苦悩や、幼い息子との別れの感情だとされている。

一方で、ミック・ジャガーは歌詞の仕上げを担当し、自身とマリアンヌ・フェイスフルとの関係にまつわる切ない体験を投影したとも語られており、二人の視点が交錯したこの曲は、複数の感情の層を持った作品になっている。

初期のデモは1969年、アラバマ州のマッスル・ショールズ・サウンド・スタジオで録音され、同年に親交のあったグラム・パーソンズ率いるフライング・ブリトウ・ブラザーズによって先にカバーされている。
このように、「Wild Horses」はカントリー音楽との強いつながりを持ち、ストーンズがブルースやロックンロールに加えて“アメリカーナ”という文脈にも触れていたことを象徴する楽曲でもある。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Genius Lyrics – The Rolling Stones “Wild Horses”

Childhood living is easy to do / The things you wanted I bought them for you
子ども時代は、簡単だった
君が欲しがったものは 僕が全部買ってあげたよ

Graceless lady, you know who I am / You know I can’t let you slide through my hands
不器用なレディ 僕が誰かは君が一番わかってる
君をこの手からすり抜けさせるわけにはいかない

Wild horses couldn’t drag me away
どんな野生の馬たちにも 僕を引き離すことはできない

Wild, wild horses / We’ll ride them someday
野生の 野生の馬たち
いつか僕たちは それにまたがって駆けていくだろう

4. 歌詞の考察

「Wild Horses」の歌詞は、個人的な感情と普遍的なテーマのあいだに立っており、非常に繊細なバランスで成り立っている。
ここで語られる“君”との関係は、過去の記憶に満ちており、語り手は何度も離れようとしながらも、そのたびに心の奥で立ち止まってしまう。

「Graceless lady(不器用なレディ)」という表現は、決して相手を貶めるものではない。むしろ、欠けたところさえ愛おしいとする語り手の眼差しが感じられる。
それゆえに、この関係は壊れつつありながらも、完全には断ち切ることができない。

「Wild horses couldn’t drag me away(どんな野生の馬にも引き離せない)」というフレーズは、誓いのようであり、呪いのようでもある。
愛することは、同時に執着することでもあり、そして時にその執着は自らを傷つける。
この曲は、その“愛と別れのあいだ”にある心の振幅を、誠実に描こうとする。

そして最後のライン——「We’ll ride them someday(いつか僕たちはまた乗るだろう)」には、別れを肯定しながらも、それを完全な終わりとはせず、どこかにまだ希望の残滓が漂っている。
それは再会かもしれないし、魂の記憶かもしれない。
決して前向きすぎず、かといって絶望でもない、その曖昧さこそが、この曲の深さを形作っている。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Angie by The Rolling Stones
    別れの瞬間を優しさとともに描いたバラード。内面の静かな痛みと重なり合う。

  • Tears in Heaven by Eric Clapton
    失った者への思いを静かに語りかける哀歌。愛の喪失に対する成熟した受容が共鳴する。

  • Desperado by Eagles
    孤独な魂を描いたカントリー調バラード。弱さと誇りのせめぎあいがWild Horsesと呼応。

  • Harvest Moon by Neil Young
    愛の記憶をやさしくたぐり寄せるフォークバラード。情景のなかに感情が溶けていく。

6. ロックンロールが奏でる“別れ”の詩

「Wild Horses」は、The Rolling Stonesが単なる荒くれ者ではなく、感情のひだや人間の脆さを見つめる“成熟したアーティスト”としての顔を見せた楽曲である。

暴力的なエネルギーを持つ「Brown Sugar」や「Jumpin’ Jack Flash」とはまったく異なり、ここでは声は囁きとなり、ギターはあたたかく指先で鳴らされる。
その抑制された音のなかにこそ、愛の矛盾や喪失の痛みが静かに沈んでいる。

それでもなお、「野生の馬たちでは引き離せない」と語るこの曲は、“愛とは、時に離れてもなお続くものだ”という真理をそっと教えてくれる。
それは、破綻した関係にもなお残り続ける、感情の残像であり、未来に宛てた言葉なき手紙でもあるのだ。

「Wild Horses」は、ロックンロールというジャンルが“叫び”だけでなく“祈り”をも抱えられることを示した、不朽のバラードである。
それは、愛したすべての人への、最も美しくて、静かな別れの歌なのだ。

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