
1. 楽曲の概要
「Who Can Say」は、The Horrorsが2009年に発表した楽曲である。2作目のスタジオ・アルバム『Primary Colours』に収録され、同作からのシングルとして2009年5月11日にリリースされた。アルバムでは「Three Decades」に続く3曲目に配置されており、序盤で作品全体の方向転換を強く印象づける曲である。
The Horrorsは、Faris Badwan、Joshua Hayward、Tom Furse、Rhys Webb、Joe Spurgeonからなる英国のバンドである。2007年のデビュー・アルバム『Strange House』では、ガレージ・ロック、ゴシック・パンク、ホラー映画的なイメージを前面に出していた。しかし『Primary Colours』では、ポストパンク、シューゲイザー、クラウトロック、サイケデリック・ロックを取り込んだ音へ大きく変化した。
「Who Can Say」は、その変化を象徴する楽曲のひとつである。曲の長さは約3分40秒で、アルバム内では比較的コンパクトだが、音像は厚い。ノイズを含んだギター、反復するベース、浮遊するシンセサイザー、抑制されたボーカルが重なり、デビュー期の荒々しいパンク性とは異なるバンド像を提示している。
シングルとしては、UKシングル・チャートで23位を記録した。商業的な大ヒットではないが、The Horrorsの評価を大きく変えた『Primary Colours』期を代表する曲として、現在でも重要な位置を持つ。特に、60年代ポップの引用、ニューウェイヴ的なメロディ、シューゲイザー的な音の壁を同時に扱っている点が、この曲の個性である。
2. 歌詞の概要
歌詞の主題は、恋愛の終わりと、その後に残る曖昧な感情である。語り手は、相手との関係がすでに終わっていることを認識している。しかし、その終わりは一方的な断絶として描かれるのではなく、未練、罪悪感、冷めた判断が混ざった状態として表現される。
曲名の「Who Can Say」は、「誰が言えるのか」「誰にわかるのか」という意味を持つ。これは、関係がなぜ終わったのか、感情がいつ変わったのか、あるいは愛が本当にあったのかを、誰も完全には断言できないという感覚につながっている。歌詞は明確な説明を避け、別れの瞬間に生じる判断不能の状態を描いている。
この曲で特に印象的なのは、中盤に入る語りのパートである。そこでは、相手に愛していないと告げたこと、以前のようなキスではないと伝えたこと、そして別れを意味するキスをしたことが語られる。この部分は、Jay & The Americansの1962年の楽曲「She Cried」への参照として知られている。
その引用的な語りが入ることで、「Who Can Say」は単なる失恋ソングではなく、過去のポップ・ミュージックにあるメロドラマを再構成した曲になっている。The Horrorsは、古いポップスの感傷をそのまま再現するのではなく、冷たいニューウェイヴ的な音像と結びつけている。その結果、歌詞は情熱的というより、距離を置いたまま感情を見つめるものになっている。
3. 制作背景・時代背景
『Primary Colours』は、The Horrorsのキャリアにおいて決定的な転換点となったアルバムである。デビュー作『Strange House』の時点で、バンドは黒い衣装、ホラー的なイメージ、荒いガレージ・パンクのサウンドによって注目を集めていた。しかし、その評価にはファッション性や話題性への反応も含まれており、音楽的な持続力を疑問視する見方もあった。
2009年に発表された『Primary Colours』は、その印象を大きく変えた。プロデュースにはPortisheadのGeoff Barrow、映像作家としても知られるChris Cunningham、エンジニア/プロデューサーのCraig Silveyらが関わっている。音はより深く、重く、空間的になり、The Horrorsは単なるゴシック・ガレージ・バンドではなく、英国のポストパンク以後の系譜に接続するバンドとして見直された。
「Who Can Say」は、そうした変化を短い時間で示す曲である。『Primary Colours』のなかには、8分近い「Sea Within a Sea」のように、クラウトロック的な反復を大胆に展開する曲もある。それに対して「Who Can Say」は、比較的ポップな構造を持ちながら、音響面では大きく変化している。アルバム全体の実験性を、シングルとしても成立する形に圧縮した曲といえる。
2000年代後半の英国インディー・シーンでは、ポストパンク・リバイバルやニューウェイヴ再評価が進んでいた。Interpol、Editors、The Rapture、Bloc Partyなどがすでに登場しており、暗いギター、反復するリズム、低いボーカルは時代のひとつの語法になっていた。The Horrorsはその流れに属しつつ、シューゲイザーやサイケデリック・ロックの要素を強めることで、独自の位置を作った。
「Who Can Say」では、The Jesus and Mary Chain、My Bloody Valentine、New Order、The Cureなどを連想させる要素が混ざっている。だが、曲そのものは単なる影響の寄せ集めではない。60年代の失恋ポップを引用しながら、2000年代の冷たい音響に置き換えることで、時間のずれを含んだ楽曲になっている。
4. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の引用は批評上必要な短い範囲にとどめる。
And when I told her I didn’t love her anymore > > She cried
和訳:
もう愛していないと彼女に告げたとき > > 彼女は泣いた
この箇所は、曲の中盤に入る語りのパートで、楽曲の印象を大きく変える部分である。歌詞としては非常に直接的であり、愛が終わったことを相手に告げる場面が示される。ここには比喩よりも、別れの事実そのものが置かれている。
ただし、この言葉は単にリアルな会話として機能しているわけではない。1960年代ポップのメロドラマ的な言い回しを想起させることで、個人的な別れが、過去のポップ・ソングの記憶と重なる。The Horrorsはこの部分を、過剰に感情的に歌い上げるのではなく、淡々と挿入する。その距離感が、曲全体の冷たさと合っている。
この短い語りは、曲名の「Who Can Say」とも関係している。愛が終わったことは語られるが、その理由や責任ははっきりしない。泣いた相手、告げた語り手、そのどちらの感情も完全には説明されない。そこに、この曲の余白がある。
5. サウンドと歌詞の考察
「Who Can Say」のサウンドは、The Horrorsの変化を非常にわかりやすく示している。デビュー期の鋭いガレージ・パンクではなく、ここでは音が層として積み上げられている。ギターはコードを明確に鳴らすというより、ノイズとメロディの中間にある質感を作る。これにより、曲全体にはシューゲイザー的な厚みが生まれている。
ベースは曲の中心的な推進力である。反復するラインがリズムを支え、楽曲を前へ進める。ギターやシンセサイザーが広がりを作る一方で、ベースが低い位置で曲を固定しているため、音像は拡散しすぎない。このバランスが、The Horrorsの『Primary Colours』期の重要な特徴である。
ドラムは派手なフィルで曲を支配するのではなく、一定のビートを保ち続ける。これにより、曲にはダンス・ミュージックに近い反復感がある。ポストパンク以後のバンドがしばしば用いた、機械的なリズムと人力の演奏の中間にある感覚である。
シンセサイザーの役割も大きい。明るく開けた音色ではなく、ややくすんだ質感で空間を満たしている。これが、メロディの甘さを抑え、曲に冷えた印象を与える。歌詞が失恋を扱っているにもかかわらず、過剰な悲しみに流れないのは、サウンドの温度が低く保たれているからである。
Faris Badwanのボーカルは、デビュー期に比べて大きく変化している。『Strange House』では叫びや不穏なキャラクター性が目立っていたが、「Who Can Say」では低く抑えた歌唱が中心である。声は前に出すぎず、バンドの音の層に溶け込む。これにより、歌詞の感情は直接的に爆発するのではなく、遠くから聴こえてくるような印象になる。
この曲の重要な点は、メロディ自体がかなりポップであることだ。コード感やフックには親しみやすさがあり、シングルとして成立する強さを持っている。しかし、そのポップさは明るさには向かわない。音の処理、ボーカルの距離、語りの挿入によって、メロディはどこか壊れた記憶のように響く。
中盤の語りは、曲構成のうえでも大きな転換点である。通常のロック・ソングであれば、ブリッジやギター・ソロによって展開を作る場面で、The Horrorsは古いポップスを思わせる spoken word を置く。これにより、曲は一瞬だけ過去のメロドラマへ接続する。しかし、その直後に再びバンドの冷たい音像へ戻るため、引用は懐古ではなく異物として機能する。
歌詞とサウンドの関係を見ると、「Who Can Say」は感情を表現する曲であると同時に、感情を距離化する曲でもある。歌詞には別れの痛みがあるが、演奏はそれを大きく泣かせない。泣いているのは歌詞中の人物であり、曲そのものはむしろ無表情に近い。このずれが、楽曲の魅力である。
『Primary Colours』のなかでこの曲は、アルバムの入口に置かれたポップな導線として機能している。「Mirror’s Image」や「Three Decades」で示された新しい音像を、より明快なメロディで提示する役割がある。一方で、アルバム後半の「Sea Within a Sea」のような長尺の実験性へ向かう前に、The Horrorsがどれだけポップ・ソングの形式を使えるかを示している。
The Horrorsの後続作『Skying』では、より明るく開けたシンセ・ロックの方向が強まる。「Still Life」のような曲では、メロディの大きさや開放感が前面に出る。それと比べると、「Who Can Say」はまだ暗く、ざらつきがあり、音の奥に閉じた感覚が残っている。この閉塞感こそが、『Primary Colours』期のThe Horrorsを特別なものにしている。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Sea Within a Sea by The Horrors
『Primary Colours』の最後に置かれた長尺曲で、The Horrorsの変化を最も大胆に示した楽曲である。クラウトロック的な反復、暗いシンセサイザー、徐々に広がる構成が特徴で、「Who Can Say」の音響的な方向性をさらに拡大している。
- Still Life by The Horrors
2011年のアルバム『Skying』を代表する楽曲である。「Who Can Say」の冷たさに比べると、より開放的でシンセ・ポップ的な広がりがある。The Horrorsが『Primary Colours』以後にどのように音を変化させたかを知るうえで重要である。
- Just Like Honey by The Jesus and Mary Chain
ノイズ・ギターと甘いメロディの組み合わせという点で、「Who Can Say」と比較しやすい曲である。感傷を直接的に歌い上げず、ざらついた音のなかに置く手法は、The Horrorsのサウンドを理解するうえで参考になる。
- Age of Consent by New Order
反復するベースライン、明快なメロディ、冷えた感情表現という点で近い要素を持つ。The Horrorsがポストパンクやニューウェイヴの文脈をどのように受け継いでいるかを考える際に、重要な比較対象である。
- When You Sleep by My Bloody Valentine
声が楽器の一部のように混ざり、ギターの音像が曲全体を包むシューゲイザーの代表曲である。「Who Can Say」にあるノイズとメロディの共存を、より極端な形で聴くことができる。
7. まとめ
「Who Can Say」は、The Horrorsが『Primary Colours』で成し遂げた変化を象徴する楽曲である。デビュー期のゴシック・ガレージ的なイメージから離れ、ポストパンク、シューゲイザー、サイケデリック・ロックを取り込んだ新しい音像へ移行したことが、この曲には明確に表れている。
歌詞は恋愛の終わりを扱っているが、感情をそのまま吐き出すタイプの失恋ソングではない。1960年代ポップへの引用的な語りを挟みながら、別れの場面を冷たい音像のなかに配置している。そこでは、悲しみよりも、感情をうまく説明できない状態が中心にある。
サウンド面では、反復するベース、ノイズを含んだギター、抑制されたボーカル、くすんだシンセサイザーが重要である。ポップなメロディを持ちながら、明るさではなく距離感と不安定さを作る。そのバランスが、「Who Can Say」をThe Horrorsの代表曲のひとつにしている。
この曲は、バンドが単なるイメージ先行の存在ではなく、音楽的に大きく変化できるグループであることを示した。『Primary Colours』全体の評価を支えるだけでなく、2000年代後半の英国インディー・ロックにおける重要な転換点を示す一曲といえる。
参照元
- Official Charts – Who Can Say by The Horrors
- Discogs – The Horrors: Primary Colours
- MusicBrainz – Primary Colours by The Horrors
- XL Recordings / YouTube – The Horrors: Who Can Say
- Pitchfork – The Horrors: Primary Colours Review
- The Guardian – The Horrors: Primary Colours Review
- The Quietus – The Horrors: Primary Colours Review
- WhoSampled – The Horrors: Who Can Say
- WhoSampled – Jay & The Americans: She Cried

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