1. 歌詞の概要
「What Ever Happened?(ワット・エヴァー・ハプンド?)」は、The Strokes(ザ・ストロークス)が2003年にリリースした2ndアルバム『Room on Fire』の冒頭を飾る楽曲であり、作品全体のトーンを決定づける“目覚めのような一撃”である。
アルバム1曲目という立ち位置にして、この曲はバンドの進化と苦悩、そしてジュリアン・カサブランカス自身の自己認識と失望の告白を含んだ、驚くほど内省的でパーソナルな作品となっている。
タイトルの“What Ever Happened?”──これは、「一体何が起きたんだ?」という直接的な問いであると同時に、過去への郷愁と、現在の自分との断絶を噛みしめるような嘆きの表現でもある。
歌詞は、過去の失敗、人間関係のひずみ、若さの過信、そして名声との距離といったテーマを、辛辣でありながらどこか悲哀を帯びたトーンで描き出していく。
そして、「I wanna be forgotten, and I don’t wanna be reminded(忘れられたい、思い出されたくもない)」という一節に象徴されるように、この曲は名声を得てしまった者の苦悩と逃避願望を強烈に刻み込んでいる。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Room on Fire』は、2001年の衝撃的デビュー作『Is This It』に続く2作目として、ファンとメディアの大きな期待を背負って制作された。
前作で一躍時代の寵児となったThe Strokesは、“次の一手”として何を提示するのかが大きな焦点となっていた中で、このアルバムは決してドラスティックな方向転換を図らなかった。
「What Ever Happened?」はその幕開けを飾る楽曲であり、音楽的には前作の延長線上にありながら、リリックの深さと鋭さにおいては明確に“内省的で成熟した”世界観を打ち出している。
ジュリアンは、この時期すでに「バンドの成功」が自分の心に与える影響を自覚していたとされ、特にこの曲では、バンドマンとしての自己像とプライベートな自分とのギャップが露わになっている。
この曲はしばしば、ストロークスのキャリア全体における「自己批評の出発点」として語られる。
その冷静で突き放した語り口の奥に、“自分で作った像に縛られる苦しみ”がはっきりと見えるのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「What Ever Happened?」の印象的な一節を抜粋し、和訳とともに紹介する。
I wanna be forgotten
忘れられたいんだAnd I don’t wanna be reminded
思い出されたくもないYou say, “Please don’t make this harder”
君は言う、「お願いだから、これ以上ややこしくしないで」No, I won’t yet
わかってる、でも──まだそうはできないIt’s not the way it used to be
もう、あの頃とは違うんだよNot the same as those days
あの日々とは、もう違うんだ
出典:Genius – The Strokes “What Ever Happened?”
4. 歌詞の考察
「What Ever Happened?」は、これまでのThe Strokesのイメージ──都会的で無関心なクールさ、刹那的なロマンス、反抗的な若さ──に対して、自ら“距離を取ろうとする視線”が初めて現れた楽曲である。
「忘れられたい」「思い出されたくない」というラインは、名声に対するアンチテーゼであり、バンドとしての成功が“自分自身を見失わせている”ことへの痛切な自覚でもある。
ジュリアンの歌い方は淡々としているようでいて、内側からせり上がってくるような緊張と疲弊が滲んでいる。
この曲は、“こうなりたかったわけじゃない”という、若者が夢を手に入れたあとに抱く喪失感の歌でもある。
かつてロックンロールが希望や反抗の象徴であった時代とは違い、2000年代初頭の現実には、ロックで成功しても解決しない空虚さがあった。
また、歌詞後半に出てくる「I’ve got some news for you(君に伝えることがあるんだ)」という一節では、語り手がようやく“何かを伝えようとする意思”を見せる。だがそれは、誰かのためではなく、自分の心を守るための最後の防衛線でもあるように感じられる。
※歌詞引用元:Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Under Control by The Strokes
成熟と喪失を静かに描いた、バンドの“もうひとつの名バラード”。 - Hard to Explain by The Strokes
感情をうまく言葉にできない人々のための、“説明しがたい”名曲。 - The Way We Get By by Spoon
社会に合わせながらも、それに倦んでいく若者たちの静かな反抗歌。 - There Is a Light That Never Goes Out by The Smiths
逃避願望と愛の依存を描いた、若者の“生と死”のロマンチシズム。 -
No Cars Go by Arcade Fire
誰にも管理されない場所を夢見る者たちの、切実な“移動”の讃歌。
6. クールな仮面の下で──自己否定と静かな叫び
「What Ever Happened?」は、The Strokesというバンドの“かっこよさ”を突き崩すような一曲である。
そして同時に、かっこよさに自分自身が縛られてしまった者の、静かな苦しみと反抗の記録でもある。
「忘れられたい」「思い出されたくない」
その裏には、“本当の自分が誰かすらわからなくなってしまった”という、ロック・スターならではの孤独がある。
それでも、彼らはギターを鳴らし、ビートを刻む。
過去にすがらず、未来を語らず、ただ“今この瞬間の葛藤”を音にするために。
この曲は、すべてを手に入れたはずなのに、何も満たされない誰かのための、祈りのようなロックンロールなのだ。
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