1. 歌詞の概要
「What Do I Do Now?」は、Sleeperが1996年にリリースしたセカンド・アルバム『The It Girl』のリードシングルとして発表された楽曲であり、彼らのディスコグラフィーの中でも最も成熟した感情表現を含む1曲である。タイトルのとおり、曲のテーマは**「失恋のその後」**、つまり、誰かが去ったあとの空白の中で残された人間が「今、自分はどうすればいいのか？」と自問する心情にフォーカスしている。
これはブリットポップ全盛期の華やかさから少し距離を置いた作品であり、より内省的で誠実なトーンが前面に出ている。軽快なギターポップの裏に潜むのは、恋人を失ったあとに押し寄せる「喪失」と「困惑」、そして「前に進むことの難しさ」といった、誰しもが人生のどこかで経験するであろう感情である。
ルイーズ・ウィナーのヴォーカルは、鋭さと繊細さが同居しており、まるで誰にも話せなかった心の声を、リスナーにだけそっと打ち明けているかのような親密さがある。表面上はシンプルな失恋ソングのようでいて、その奥には多層的な感情の機微が巧みに織り込まれている。
2. 歌詞のバックグラウンド
この楽曲は、ブリットポップというムーブメントの中でも珍しく、「関係が終わったあとの現実」を冷静に見つめた作品である。多くのポップソングが恋の始まりや盛り上がりを描くのに対し、「What Do I Do Now?」はそれが終わったあとの“日常”に注目している。
ルイーズ・ウィナーは、90年代UKにおいて数少ない“女性の語り手”として、恋愛における女性の視点、特にその中で失われがちな主体性を言葉にしてきた。この曲では、誰かに依存し、誰かを信じ、そして置き去りにされた“後”の女性像が描かれている。
音楽的には、穏やかなギターのリフと柔らかいメロディラインによって、感情の揺れや優しさが表現されており、ElasticaやLushといった当時のオルタナティブ女性ボーカルバンドとも共振しつつ、Sleeper独自の知的で情感豊かなアプローチが光っている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Took your car, drove to Texas
あなたの車を借りて、テキサスまで走った
ここでは突然の距離と行動が描かれる。失恋後に起こる衝動的な行動、理由のない逃避行――だが、それは新しい始まりではなく、自分を見失ったままどこかへ向かうしかなかった人の足跡だ。
Sorry honey, but I suspected
ごめんね、でも私は気づいていたの
裏切りや別れが突然だったわけではない。予感はあった。だけど、予感していたからといって痛みが和らぐわけではないという現実が、この一行に凝縮されている。
What do I do now?
私はこれからどうすればいいの？
サビで繰り返されるこの問いかけは、決して相手に向けたものではなく、自分自身への叫びである。空白になった日常の中で、どう生きていけばいいのか分からない。そんな迷いと、孤独な再出発の感情が静かに滲む。
※歌詞引用元：Genius – What Do I Do Now? Lyrics
4. 歌詞の考察
「What Do I Do Now?」は、ただの失恋ソングではない。
それは**“誰かといた日々が終わった後の自分と向き合う”という、痛みと再生の物語**である。
この曲の主人公は、別れに驚いたり、泣き叫んだりはしない。むしろ、すべてを淡々と受け止めているように見える。だが、その静けさの中にあるのは、絶望ではなく、希望の兆しだ。今はまだ“何をすべきかわからない”けれど、それでも前に進むしかない。そのリアリズムが、逆にとても力強い。
また、この楽曲が特別なのは、恋愛の終わりを悲劇としてではなく、“ひとつの生活の事実”として描いていることにある。それはルイーズ・ウィナーの言葉に共通する視点であり、女性が自分の人生を他者の期待や関係性ではなく、自分自身の声で語り直そうとする意志が込められている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Let Down by Radiohead
壊れた期待と、日常の中で浮遊する孤独を描いた名曲。 - Linger by The Cranberries
未練と葛藤が絡み合う失恋の記憶を、美しいメロディで紡いだバラード。 - Not Going Anywhere by Keren Ann
どこにも行けない孤独な心境を、静かなサウンドで包み込む優しい名曲。 - Dissolve Me by Alt-J
心の中で溶けていくような感情の揺らぎを、リズムと隠喩で表現した実験的ポップ。 - On the Bus Mall by The Decemberists
人生の途中で立ち止まった者たちの優しさと悲しさを詩的に描いた一編。
6. “失ったあと”を歌う、真の再出発の歌
「What Do I Do Now?」は、失恋という出来事を感情の爆発ではなく、喪失後の静かな混乱と再構築のプロセスとして描いた点で、非常に成熟した視点を持った楽曲である。
世の中には、別れをドラマティックに語る歌は数多くある。だが、“そのあと、私たちはどう生きるか？”という問いをまっすぐに投げかけてくる曲は、そう多くはない。
この曲の主人公はまだ何も分かっていない。だけど、それを正直に口にできる強さを持っている。その“曖昧さ”こそが、リアルで、美しく、心に残る。
恋が終わった時、涙を流すのもいい。怒るのもいい。でも、黙って「これからどうすればいいの？」とつぶやくその瞬間にこそ、本当の物語が始まるのかもしれない。
Sleeperの「What Do I Do Now?」は、まさにそんな“始まりの予感”を、優しく、でもしっかりと指し示してくれる一曲なのである。
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