1. 歌詞の概要
「Water in the Well」は、イギリスのポストパンク・バンド、Shameによるセカンド・アルバム『Drunk Tank Pink』(2021年)に収録された楽曲であり、収録曲の中でも特に構成とリズムに意識的な緊張を内包した一曲である。この楽曲のテーマは“欠如”であり、タイトルにある「井戸の中の水」というモチーフは、もともとそこに存在していたはずのものが失われている状態、あるいは喪失の感覚そのものを象徴している。
一見すると静かな比喩に見えるこのタイトルは、曲が進むにつれ、どんどんと深い断絶感や無力感を呼び起こす。歌詞全体に漂うのは、“何かがあると思っていた場所に、何もなかった”という不条理な現実への戸惑いであり、またそこにしがみつこうとする微かな希望のようなものも感じられる。
この楽曲では、焦燥感を煽るような繰り返しのフレーズと、意図的にズレを含んだリズムが融合し、聴く者を不安定な心地に追い込んでいく。まるで足場の崩れた世界を、言葉と音だけを頼りに進んでいくかのような感覚が、この曲には宿っている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Water in the Well」は、Charlie Steenが自己の内部を見つめ直す中で書かれた作品のひとつである。彼は『Drunk Tank Pink』の制作にあたり、かつての自信や衝動が薄れ、世界とのつながりすら見失っていく感覚に襲われていたという。この曲は、そうした不安の中で生まれた「喪失」と「空虚」を詩的に昇華したものだ。
プロデューサーのJames Ford(Simian Mobile DiscoやArctic Monkeysなどで知られる)が手がけた本作では、リズムセクションが特に前景化されており、「Water in the Well」においてもドラムとベースの構造は極めてタイトでありながら、不規則なパターンを繰り返していくことで、内面の混乱や違和感を巧みに描き出している。Shameはこの曲で、ポストパンクというジャンルに留まらない広がりを提示している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
There’s water in the well
But the water’s not for me
井戸の中に水はある
でもその水は、俺のものじゃない
There’s water in the well
And it’s dry for me
井戸の中に確かに水はある
けれど俺には、乾きしかない
The taste was familiar
But the substance had changed
味はどこかで知ってる気がした
でも中身は、まるで別物だった
I thought I’d found the answer
But the question remained
答えを見つけたと思った
けれど問いは、そこに残り続けた
歌詞引用元:Genius – Shame “Water in the Well”
4. 歌詞の考察
「Water in the Well」の象徴性は非常に多層的である。「井戸に水がある」とは、あるべき希望や答えがそこに“存在するはず”という前提を示している。だが、主人公にとってその水は“自分のものではない”という絶望的な現実が突きつけられる。これは、社会との関係、自分自身の居場所、他者とのつながりといった、多くの領域で“触れられそうで触れられない距離”にあるものを表しているようだ。
また、「taste was familiar but the substance had changed(味は覚えがある、でも中身は違った)」という一節には、かつて感じた“安心”や“親しみ”が変質してしまったことへの困惑と痛みが表現されている。この部分は、社会や人間関係の変化、あるいは自己認識の変容にも重ねることができ、非常に普遍的な問いかけとなっている。
そして「I thought I’d found the answer / But the question remained(答えを見つけたと思った、でも問いは消えなかった)」という終盤のフレーズは、まさにこの曲全体の核心を突く一文である。人生における解答らしきものは時に見つかったように見えても、真に問いを終わらせるものではない——それどころか、新たな問いを生み出すだけかもしれない。この感覚は、ポストパンク的な不条理の表現としても非常に洗練されている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- A More Perfect Union by Titus Andronicus
自意識と歴史、個人と国家の断絶を詩的に描いた、痛切なパンクオペラ。 - Slow Education by Silver Jews
日常の裂け目から垣間見える、自己否定と知性のあいだを揺れ動くような楽曲。 - Seeing Red by Fontaines D.C.
衝動と疲弊の境界で、自我をすり減らしていく若者の視線を捉えた一曲。 -
Glass Jar by Gang Gang Dance
水や容器といったモチーフを用いて、世界と自己の距離を探る音響的旅。 -
No Hope by The Vaccines
明るいメロディと裏腹に、若さの中に潜む希望のなさと空虚を吐露するナンバー。
6. 錯覚と現実:井戸という比喩の深淵
「Water in the Well」という曲は、単なる喪失の物語ではなく、錯覚と現実、感覚と事実との乖離を描いた詩的な寓話のようでもある。井戸に水がある——それは命の象徴であり、希望や未来、あるいは愛情のメタファーである。しかし、その“水”が“自分のものではない”と気づくとき、人はかつての感覚さえも信じられなくなる。
この曲では、Shameがそのような不確かさや、すり替えられた現実にどう向き合うかというテーマを音楽的にも詩的にも掘り下げている。彼らがこの楽曲で示すのは、「真実のように見えたものが、実は幻想であるかもしれない」という厳しい問いかけであり、聴き手にその“虚ろな井戸”をのぞき込ませる構造が実に見事だ。
「Water in the Well」は、Shameが表現者として成熟していく中で、内面の葛藤と向き合うことの困難さ、そしてその中に見出されるかすかな美しさを描いた秀作である。そこにあるはずのものが“ない”、または“あっても届かない”という感覚は、多くの現代人が日々感じている感情に通じるものであり、この楽曲はそうした静かで深い共鳴を、音楽というかたちで可視化したものなのである。
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