1. 歌詞の概要
「Wannabe」は、南アフリカ出身・ロンドン在住のアーティスト、Baby Queen(ベイビー・クイーン)が2023年のデビューアルバム『Quarter Life Crisis』に収録した楽曲であり、憧れと劣等感、愛されたい願望、そして自己アイデンティティのゆらぎをテーマにした、極めてパーソナルかつ鋭利なポップソングである。
タイトルの“Wannabe”とは、直訳すれば「なりたがり」「◯◯ぶりたい人」といった意味を持ち、しばしばネガティブな文脈で使われる言葉だ。しかし、Baby Queenはこの言葉を**「自分らしさがわからないから、他人に憧れてしまう人のリアル」**として捉え直し、自己否定の奥にある純粋な欲求——誰かになりたい、誰かに見られたい、誰かに愛されたい——をむき出しに描いている。
この楽曲では、語り手が「自分が本当は何者であるべきか」を見失いながらも、それでも憧れの対象に近づこうとする。その姿は決して滑稽ではなく、むしろ傷つきながらも進もうとする現代の若者のエモーショナルな肖像として、ひたすらに切なく、そして美しい。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Wannabe」は、Bella LathamことBaby Queen自身が感じていた業界内での疎外感や他のアーティストへのコンプレックス、自分自身への疑念をベースに制作された楽曲である。
インタビューで彼女は、「自分は誰のこともうらやましく思っていないって言いながら、本当は羨ましさでいっぱいだった。これはその感情を正直に書いた曲」と語っている。
曲全体は、明るくテンポのいいインディ・ポップのサウンドに乗せて展開されるが、その裏にある感情はきわめて複雑で、“自己崩壊寸前のアイロニーとユーモア”が絶妙に同居している。
それこそがBaby Queenらしさであり、彼女が描く“混乱したまま生きていることの肯定”につながっているのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I wanna be skinny
I wanna be pretty
I wanna be cool
I wanna be witty
痩せたい、きれいになりたい
カッコよくなりたい、面白くなりたい
I wanna be like her
I wanna be like you
I wanna be everything
You think is cool
あの子みたいになりたい
あなたみたいになりたい
あなたが“いい”と思うもの、全部になりたいの
I don’t know who I am without you
I don’t know who I am at all
あなたがいなければ、私は誰かわからない
ていうか、私は誰なのか最初からわからない
I’m just a wannabe
Trying to be someone else
私はただの“なりたがり”
誰かになろうとするだけの存在
歌詞引用元:Genius – Baby Queen “Wannabe”
4. 歌詞の考察
「Wannabe」の最大の特徴は、自意識の混乱をあえて“軽やか”に歌うことで、逆にその深刻さを際立たせている点にある。
語り手は、自分の価値を他人の基準でしか測れず、「自分らしさ」というものを失ってしまっている。しかもそれに気づいていながらも、なお「なりたい」と願ってしまう。そこにあるのは、自己嫌悪と純粋な欲望の矛盾である。
冒頭の「I wanna be skinny」「I wanna be pretty」というフレーズは、社会的に“良し”とされる属性への憧れであり、それと同時にそれに自分が“到達できていない”という劣等感の告白でもある。
それらが列挙されるスタイルで書かれていることで、まるで語り手の思考が暴走しているかのような印象を受ける。つまりこれは、無意識に近い“自己破壊的な願望”の羅列なのだ。
また、「I don’t know who I am without you」というラインに表れているのは、“他者の目”を通してしか存在できない自己像への依存である。
語り手は「あなたが見てくれる自分」こそが本当の自分だと信じているが、それが失われた瞬間、自分の存在が消えてしまうような恐怖に襲われている。
こうした感情は、SNSや比較文化のなかで育ったZ世代に特有の感性とも言える。
Baby Queenはこの曲で、理想と現実のギャップのなかで“誰にもなれない自分”を生きる痛みを、明るく、でも鋭く歌い上げている。そしてその態度こそが、彼女の音楽の核心にある「不完全さの肯定」なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- jealousy, jealousy by Olivia Rodrigo
他人への嫉妬心と自己否定を率直に綴った、現代的な自己意識の歌。 - Mirror by Sigrid
鏡の中の自分と対話しながら、ようやく自分を愛せるようになるまでのプロセスを描く。 - Stoned at the Nail Salon by Lorde
他人と比べながらも、自分の道を信じようとする内省的なフォークポップ。 -
Pretty Isn’t Pretty by Olivia Rodrigo
“きれい”であることに執着する社会の中で、自分の存在価値を見失いかける心情を描いた曲。 -
Bite Me by Avril Lavigne
他人の期待に応えず、自分の道を貫く反骨精神を疾走感たっぷりに歌ったロックソング。
6. “なりたい誰か”と“なれない自分”のはざまで
「Wannabe」は、理想と現実のギャップに揺れる自己像を、極めて率直に、かつ中毒性のあるメロディで描いたBaby Queenの代表曲のひとつである。
この曲が響くのは、「本当の自分がわからない」「誰かのようになりたいけど、それはできない」と感じたことがあるすべての人にとって、それが“自分だけの感覚ではない”と教えてくれるからだ。
歌の最後に語り手は、“誰かになりたい”という苦しい願いを持ちながらも、それを嘘なく認めている。そしてそれこそが、この曲のいちばん誠実な部分なのだ。
「Wannabe」は、“なれないこと”を恥じるのではなく、“なりたいと思うこと”そのものを愛おしく見つめるうたである。
その不器用さとまっすぐさに、私たちは自分の姿を重ねる。Baby Queenはここで、不完全であることの痛みと美しさを、鋭くも優しく鳴らしている。そしてその声は、「誰かになりたがるすべての人」の心に、静かに寄り添っている。
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