1. 歌詞の概要
「Vietnow」は、Rage Against the Machine(以下RATM)の2作目『Evil Empire』(1996年)に収録された楽曲であり、曲名の「Vietnow」は、かつての“ベトナム戦争(Vietnam)”と“今(now)”を組み合わせた造語である。
これはつまり、過去の戦争が終わっても、その精神的・情報的な戦争が“今なお続いている”ことを意味しており、情報操作、愛国心のプロパガンダ、右翼的ラジオの台頭といった現代アメリカの病理を、重々しいグルーヴとともに描き出している。
楽曲では、ラジオから流れる“右翼的メッセージ”が若者の意識を塗り替えていく様を、「Transmission third world war, third round(第三世界大戦、第三ラウンドの電波)」というラインで示し、聴覚から侵食される現代の“戦争”を象徴的に表現している。
この曲は、兵士の戦争ではなく、“市民の耳の中で起きている戦争”を描いた、RATM流のメディア批判ロックである。
2. 歌詞のバックグラウンド
1990年代のアメリカでは、保守派のトークラジオが急速に影響力を拡大していた。
特にラッシュ・リンボーのような右翼的パーソナリティは、怒りと排外主義、自己責任論、反リベラリズムを煽るスタイルで人気を集めており、そうしたメディアの言説が、若者や労働者層の意識を右傾化させていった。
「Vietnow」は、まさにその風潮に対する反撃として書かれた。
ザック・デ・ラ・ロッチャは、これらの“ラジオからの洗脳”が、かつてのベトナム戦争と同様に、真実の隠蔽と大衆扇動の手段になっていると感じていた。
“ベトナム”という象徴的な敗戦の記憶は、国家の失敗として反省されることなく、むしろ「報復」や「武力の正当化」として再利用されていた。
そのため、この曲は「今なお続く心理戦」と「耳から始まる植民地化」に対して、怒りを込めて“声で抵抗する”ための音楽になっている。
サウンド面では、トム・モレロのうねるようなギターリフとティム・コマーフォードのベースが、まるで地響きのように曲を支配し、“情報爆撃”にさらされた世界を音で再現している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
出典:genius.com
Turn on the radio, nah, f*** it
ラジオをつけろ……いや、クソ食らえだTurn it off
そんなもんは消せFear is your only god on the radio
恐怖こそが、ラジオの中の唯一の“神”だ
この印象的な冒頭は、RATMの強烈なメディア批判を象徴している。
Transmission third world war, third round
第3世界大戦、第3ラウンドが今、電波に乗ってるA decade of the weapon of sound above ground
地上に響く“音の兵器”の10年だ
ここでは、言葉や音そのものが“武器”になっているという意識が示されている。
つまり、この戦争は戦車やミサイルではなく、「ラジオの音声」が“弾丸”として飛び交っているのだ。
All hell can’t stop us now
どんな地獄も、俺たちを止められやしない
これは曲のサビで繰り返される“反撃の合言葉”であり、耳を通じて意識を奪われた者たちが、再び声を上げる姿を象徴している。
4. 歌詞の考察
「Vietnow」は、RATMの作品群の中でも最も現代的かつ象徴的な“メディア批判”の楽曲である。
ここで描かれる“戦争”は、もはや物理的な暴力ではない。
それは、テレビ、ラジオ、広告、SNSといった“見えない支配装置”によって行われる、意識への浸食である。
ザックは、ラジオの「意見のような音声」が、“ファクト”や“真実”の顔をしてリスナーに流れ込むことの危険性を警告している。
そしてその戦争の最大の犠牲者は、“考えることをやめた者たち”なのだ。
「Turn it off(それを切れ)」という叫びは、思考停止に陥った現代社会に対する明確な命令であり、「自分の頭で考えろ」「耳に入るすべてを鵜呑みにするな」というラディカルなメッセージに他ならない。
また、「Fear is your only god on the radio(恐怖こそが唯一の神)」というラインは、支配者が人々をコントロールするうえで、“恐怖”を最も強力な道具として使っていることを鋭く暴露している。
この恐怖が人種差別や排外主義、戦争支持に変換されていく過程を、RATMは音楽で逆照射しているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Testify by Rage Against the Machine
メディアによる真実の歪曲と大衆の盲目性を描いた代表曲。 - No Shelter by Rage Against the Machine
エンタメ産業と企業による情報操作を告発した攻撃的楽曲。 - Calm Like a Bomb by Rage Against the Machine
静かなる怒りと、その潜在的爆発力を描いた哲学的プロテスト。 - Disposable Heroes by Metallica
兵士の使い捨てと洗脳をテーマにしたメタル史に残る問題作。 - Cult of Personality by Living Colour
権力者のイメージ操作を批判した、ファンク×ハードロックの名作。
6. “耳”を奪われた現代人へ ― 情報戦争時代のラジカル・サウンド
「Vietnow」は、90年代のアメリカに生まれた楽曲でありながら、現代の私たちにとっても極めてリアルで切実な警告である。
SNSのアルゴリズム、ニュースの断片化、意見と感情が混同された“言論の洪水”――
現代人は常に“何かを聴かされている”。
だが、それは“誰が”流しているのか? そして“何のために”?
RATMはこの曲を通じて、「思考なき従順こそが最も危険な戦争」だと叫ぶ。
ベトナムの戦争が終わっても、「Vietnow」は続いている。
この“今ここ”の戦争に勝つ唯一の方法――それは、自らの耳と頭を“取り戻す”ことだ。
「Turn it off」――それは音楽ではなく、あなたの人生に響く“覚醒のスイッチ”なのである。
コメント