1. 歌詞の概要
「Turbulence」は、アメリカのオルタナティブ・ロックバンド、The Working Titleが2006年に発表したフルアルバム『About-Face』に収録された楽曲である。タイトルにある“Turbulence（乱気流）”という言葉は、航空用語でありながら、感情の不安定さや人間関係の混乱、心の揺らぎを象徴的に描くためのメタファーとして用いられている。
この楽曲は、恋愛や人との距離感において生じる“見えない不安”を描きながらも、それに飲み込まれずにどこか客観的に状況を見つめている、冷静なまなざしが印象的である。歌詞の中には、破綻しそうな関係の綱渡り、誤解の積み重ね、そして「本当に伝えたいことは何だったのか？」という根源的な問いが浮かび上がる。
また、曲調としてはエモーショナルでありながらも緻密に構成されており、バンドが得意とする“抑制された激しさ”が静かに炸裂する。痛みを前面に出すのではなく、あくまで自問自答の形を取ることで、聴き手の内側にある混乱や焦燥に静かに共鳴していく。
2. 歌詞のバックグラウンド
『About-Face』はThe Working Titleにとって初のメジャー・フルアルバムであり、自主制作EP『Everyone Here Is Wrong』（2003）からさらに深く、よりダイナミックな表現に挑んだ作品である。その中でも「Turbulence」は、バンドが描く人間心理の精巧さを端的に表したトラックであり、内面的な葛藤や言葉にならない感情を、情緒的なサウンドスケープの中で丁寧に表現している。
この曲のリリックを書いたフロントマン、ジョエル・ハミルトンは、自身の楽曲について「感情が落ち着かない瞬間こそ、音楽が最も深く届く」と語っており、「Turbulence」はまさにその信念を具現化したような1曲である。激しい感情を爆発させるのではなく、むしろ“その直前の不安”を描く——その感覚がリスナーの深層に触れてくる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、楽曲の印象的な一節を英語と和訳で紹介する（引用元：Genius Lyrics）：
She says the things I used to say
I try to shut my mouth and walk away
「彼女は、かつての僕が言っていた言葉を口にする
僕は黙り込んで、その場を立ち去ろうとする」
But there’s turbulence between us
Every time we speak
「でも僕たちの間には乱気流がある
言葉を交わすたびに、それが起きるんだ」
ここに描かれるのは、会話がもはや“接続”ではなく“衝突”になってしまった関係性である。言葉が届かないのではなく、届くことでむしろ摩擦が生まれる——そんな危うい距離感が「Turbulence」というメタファーに重ねられている。
4. 歌詞の考察
「Turbulence」は、関係の“中途半端な崩壊”を描いた楽曲である。完全に終わっているわけではない、けれど決してうまくいっているとも言えない。そうした曖昧な感情の境界を、静かな語り口で紡いでいる点に本作の美しさがある。
特に重要なのは、語り手が怒りや悲しみに飲まれず、どこか“冷めた観察者”のような視点を保っているところである。それは相手を見限っているというより、自分の中で何が失われたのかを確かめるような過程であり、「本当はどうありたかったのか？」という自問に近い。
「Turbulence」とは、不測の揺れであり、コントロールできないもの。しかし、それは“墜落”ではない。ただ安定した飛行ではないというだけ。つまりこの曲は、“壊れてはいないが壊れかけている”という微妙な感情状態を、見事に掬い取っている。そしてそれこそが、多くの人の心に刺さる理由なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- The Only Exception by Paramore
愛に対する信念が崩れそうになった瞬間の不安と信頼を繊細に描いたバラード。 - Breathe Me by Sia
壊れそうな心を言葉にする静けさと、爆発寸前の感情のせめぎ合いが共鳴。 - Runaway by The National
心の距離感と誤解、逃げたいという感情を静かに、だが確実に刺す名曲。 - 23 by Jimmy Eat World
大切なものがこぼれていくプロセスの中にある、美しさと悲しさを描いた長編エモ。 - Lua by Bright Eyes
不安定な関係と自己崩壊の予感を、抑制の効いたトーンで描き出した傑作。
6. “壊れそう”な感情に寄り添う音楽
「Turbulence」は、完全な崩壊よりもずっと辛い“微妙な揺れ”を描いた、感情の精緻な風景画である。壊れたものは諦められる。でも、壊れていないもの、けれども危ういものを抱えている時の不安感こそ、最もリアルで、最も共感されやすい。The Working Titleは、その微細な感情の揺らぎを、比喩と旋律を通して見事に描き出した。
この曲を聴くとき、私たちは“自分の声が誰かに届かなかった瞬間”や、“言葉が意味を失った会話”を思い出す。そして、その記憶は、切なさとともに、静かな理解として胸に残る。たとえそれが痛みであっても、「それがあった」と認められること自体が、ひとつの癒しになる。
「Turbulence」は、関係の中にある“見えない風”を感じさせる楽曲である。何が悪いのか分からない。でも、何かが確かにずれている。その不確かな揺れの中で、それでも人は誰かと向き合おうとする。その姿勢こそが、この歌の核心であり、その誠実さが、多くのリスナーに静かに届く。
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