
1. 歌詞の概要
「Try Me」は、Jorja Smithが2023年に発表したシングルで、同年9月にリリースされた2ndアルバム『falling or flying』の幕開けを告げる、極めて象徴的な楽曲です。タイトルの“Try Me(試してごらん)”には、挑戦してきた者への警告や、過小評価された自身の怒りと自信が込められており、これまでのJorjaの作品に見られた内省的で抑制された語り口とは一線を画す、鋭く力強い自己主張が響いています。
歌詞は、批判や誤解、過剰な期待にさらされてきたアーティストとしての彼女が、周囲の視線に翻弄されず、自分自身であり続けることの難しさと誇りを語る内容です。音楽的には、UKグライム、ドリル、ジャズ、R&Bといったジャンルが重層的に融合されており、Jorjaのアート性と革新性が最もよく現れた一曲となっています。
そのメッセージは、単なる自己防衛ではなく、「あなたの目に映る私は、私自身ではない」という、アイデンティティの複雑さとメディア社会における人間像のゆがみをも問いかけるものです。Jorjaはここで、自らを“語られる存在”ではなく“語る存在”として再定義しており、アーティストとしての成熟が強く表れています。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Try Me」は、Jorja Smithが5年ぶりに発表したフルアルバム『falling or flying』のリードシングルとして2023年4月にリリースされました。2021年のEP『Be Right Back』以降、彼女は新たなサウンドの方向性を模索しており、本作ではジャンルにとらわれない大胆なスタイルと、自己の表現を優先する強い意志が明確に表れています。
この曲のプロデュースは、Jorjaと頻繁にコラボレーションを行っているDaniella “Dan” Balbuena(070 Shakeのチーム)と、Kwes(SamphaやSolangeの作品に関わるロンドンのプロデューサー)によって手がけられており、ストリングスをベースにした緊張感のあるトラックと、ミニマルでありながら深いグルーヴが際立ちます。
ミュージックビデオもまた印象的で、Jorjaがモロッコの路地裏や要塞の中を歩く姿が象徴的に映し出され、孤高の存在としての彼女の姿勢が視覚的にも強調されています。彼女のファッション、構図、光の使い方すべてが、“注目される女性”としての困難と誇りを強く示唆しているのです。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「Try Me」の印象的な歌詞の一部を抜粋し、日本語訳を添えて紹介します。
Try me
You’re out to destroy me
試してごらん
あなたたちは私を壊そうとしてる
Tryna make me lose my mind
But I won’t let you take my soul
私を狂わせようとしてる
でも、魂までは渡さない
I can see the light
Even when it gets dark
暗闇の中でも
私はちゃんと光を見てる
They wanna paint me
Like the villain, no surprise
彼らは私を悪者に仕立てたがるけど
そんなのもう驚かない
Been misunderstood
They keep telling lies
誤解され続けてきた
嘘ばかりを並べられてきた
But I’ve got power
You can’t define
だけど私の力は
あなたには定義できない
歌詞引用元: Genius – Try Me
4. 歌詞の考察
「Try Me」は、メディアや世間からの視線に対しての静かで強い抵抗の歌です。Jorja Smithはこの曲で、単に「誤解しないで」と言っているのではなく、「たとえ誤解されても私は私でいる」と宣言しています。そこには、他人の意見や偏見に自分を委ねない強さがあり、それがタイトルの“Try Me(私に挑んでみな)”という挑発的な言葉に込められているのです。
とりわけ「They wanna paint me like the villain(彼らは私を悪者に仕立てる)」という一節は、女性アーティストがしばしば受けるバイアスやダブルスタンダードへの批判としても読めます。表に出れば出るほど人格が消費され、何者かに勝手に仕立てられていく——そんな現実を冷静に描写しつつも、Jorjaは「私はそこに屈しない」と静かに闘います。
また、歌詞の中にある「I can see the light even when it gets dark(暗くても光は見える)」という一節は、逆境の中でも希望を見失わない内的強さの表明であり、非常に詩的で力強い一行です。この曲は「誰にも私を定義させない」「私は私のままで輝く」という、Jorjaのアーティストとしての核心を明確に提示するものであり、同時にリスナーにとっても“自分自身である勇気”を与えてくれるメッセージソングでもあります。
歌詞引用元: Genius – Try Me
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Altadena by Kelela
静かでスモーキーなサウンドの中に、女性の視点からの力強い自己肯定を感じさせるエレクトロR&Bの名曲。 - Almeda by Solange feat. Playboi Carti
アイデンティティと文化的背景を祝福しながら、誤解や偏見を跳ね返す堂々たるアートソング。 - Drew Barrymore by SZA
誤解されやすい存在としての女性の姿を詩的に描く、Jorjaと同様に繊細かつ自立的な視点が魅力。 - Shades of Blue by Jorja Smith
過去作ながら、内面の葛藤と美しさをたっぷり湛えた楽曲で、「Try Me」との共鳴を感じられる。
6. 孤独と表現:アーティストとしての再宣言
「Try Me」は、Jorja Smithが“Jorja Smith像”から解放されるための、極めて意志的なリスタートとも言える楽曲です。『Lost & Found』の頃に見られた、等身大の若さや不安、自己探求の姿勢は、ここでは一段階進化し、「理解されなくても構わない」「私は自分の言葉で語る」という決意へと変わっています。
音楽的にも、ポップに迎合せず、R&BやUKソウル、グライム、インディの要素を自在に横断し、構造や展開においても予測不可能な自由さを持っており、ジャンルレスな時代の中で“自分だけの音”を確立しようとする強い意思が感じられます。
「Try Me」は、ただの自己主張ではなく、アーティストが何者かであり続けるための“静かな闘争”の記録であり、その声は、見過ごされがちな感情の奥深くまで染み込んでいきます。誤解されてもなお、立ち続けること。Jorja Smithはこの曲を通じて、それがいかに尊く、孤独で、美しい行為であるかを私たちに教えてくれるのです。
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