発売日: 2015年3月15日
ジャンル: ヒップホップ、ジャズ、ファンク、ソウル
- アルバム全体のレビュー
- 各トラックレビュー
- 1. Wesley’s Theory (feat. George Clinton & Thundercat)
- 2. For Free? (Interlude)
- 3. King Kunta
- 4. Institutionalized (feat. Bilal, Anna Wise & Snoop Dogg)
- 5. These Walls (feat. Bilal, Anna Wise & Thundercat)
- 6. u
- 7. Alright
- 8. For Sale? (Interlude)
- 9. Momma
- 10. Hood Politics
- 11. How Much a Dollar Cost (feat. James Fauntleroy & Ronald Isley)
- 12. Complexion (A Zulu Love) (feat. Rapsody)
- 13. The Blacker the Berry
- 14. i
- 15. Mortal Man
- アルバム総評
- このアルバムが好きな人におすすめの5枚
アルバム全体のレビュー
Kendrick Lamarの3作目のアルバム、To Pimp a Butterflyは、音楽的にもテーマ的にも前人未到の高みに達した傑作である。本作は、アフリカ系アメリカ人のアイデンティティや社会問題、自己の内なる葛藤を鋭く掘り下げており、その革新性とメッセージ性で音楽業界全体に衝撃を与えた。
アルバムには、フライロー(Flying Lotus)、サンダーキャット(Thundercat)、ロバート・グラスパー(Robert Glasper)といったジャズやファンク界の名手たちが参加しており、サウンドはヒップホップを超えたジャンル融合が特徴だ。To Pimp a Butterflyは、アフリカ系アメリカ人の歴史的・文化的な要素を深く掘り下げつつ、Kendrick自身の個人的な成長と葛藤を描く。タイトルが示す「蝶(Butterfly)」は自由と成長の象徴である一方、「飼い慣らされる(Pimp)」ことによる抑圧や搾取をも示唆しており、Lamarはこの対比を通じて強烈なメッセージを届けている。
本作は全体を通して、一つの詩的な物語として構成されている。アルバムの中で徐々に明かされていく詩が、その物語性を強調し、最終トラックでのTupac Shakurとの想像上の対話というエンディングは、ヒップホップ史に残る名シーンと言えるだろう。
各トラックレビュー
1. Wesley’s Theory (feat. George Clinton & Thundercat)
アルバムの幕開けは、ファンクのレジェンドGeorge ClintonとThundercatによる華麗なベースラインが印象的な一曲だ。テーマは「成功後のプレッシャー」と「搾取」。Lamarは、社会から「消費される」アーティストの苦悩を、ウィットに富んだリリックで描く。
2. For Free? (Interlude)
ジャズの即興演奏のようなバックトラックに、Kendrickの早口でリズミカルなラップが絡む。ここでは「資本主義と黒人男性の搾取」がテーマとなっている。「これはただのラップではない。スラムからの詩だ」という彼のメッセージが強烈だ。
3. King Kunta
ファンクの影響を色濃く受けたこの楽曲は、抑圧を跳ね返し、自己の力を誇示するアンセムだ。「クンタ・キンテ」という名前は奴隷制を象徴するものだが、ここではそれを乗り越えた力強い自己肯定の姿が描かれる。グルーヴィーなベースラインが心を掴む。
4. Institutionalized (feat. Bilal, Anna Wise & Snoop Dogg)
「成功しても囚われの身である」というテーマを描いた一曲。Bilalのソウルフルな歌声とAnna Wiseのコーラスが、Lamarの物語をサポートしている。特に、Snoop Doggによる語りが、アルバム全体の物語に深みを加えている。
5. These Walls (feat. Bilal, Anna Wise & Thundercat)
官能的でありながら哲学的な一曲。壁(Walls)は、性的な比喩であると同時に、抑圧や孤独の象徴でもある。スムーズなメロディラインとThundercatのベースが耳に心地よいが、その歌詞は驚くほど深い。
6. u
アルバムの中でも特に暗く、痛烈なトラック。Lamarの自己批判と内なる闇が、荒々しいラップと叫び声を通じて描かれている。彼が「自分を憎む」瞬間のリアルさが胸を打つ。
7. Alright
希望と闘争のアンセムとして、多くの人々にインスピレーションを与えた一曲。「困難な時代でも、僕たちは大丈夫だ」というリフレインが心に残る。ファレル・ウィリアムスのプロデュースによる軽快なビートと、Kendrickの力強いラップが絶妙にマッチしている。
8. For Sale? (Interlude)
「悪魔(Lucy)」との対話を描いたトラック。成功の誘惑と代償について語られ、物語性が一層深まる。「売られる」ことの恐怖と抗う姿勢が、バックのジャズサウンドと共鳴している。
9. Momma
母なる存在や故郷への回帰をテーマにした楽曲。穏やかなビートとKendrickの柔らかなラップが、安心感と郷愁を誘う。
10. Hood Politics
政治的なメッセージを前面に押し出した楽曲。ストリートの現実とアメリカ社会の構造的問題を鋭く切り込む。彼のフロウと語彙力が際立つ一曲だ。
11. How Much a Dollar Cost (feat. James Fauntleroy & Ronald Isley)
アルバムの中でも最も深いメッセージを持つトラック。南アフリカでの体験を基にしたこの楽曲では、ホームレスと出会い、金銭的価値と精神的価値について考えさせられる。「一ドルの価値」を問いかける詩的な歌詞が秀逸だ。
12. Complexion (A Zulu Love) (feat. Rapsody)
肌の色をテーマに、偏見や色差別を克服しようとする一曲。Rapsodyのリリックが楽曲に力強さを加えている。
13. The Blacker the Berry
怒りに満ちたトラックで、アフリカ系アメリカ人のアイデンティティを祝福すると同時に、社会的な偽善に切り込む。「僕は黒い。だから僕は強い」というメッセージが心を揺さぶる。
14. i
自己愛と自己受容をテーマにした楽曲で、アルバムの中でもポジティブな一曲。アルバム版ではライブパフォーマンス形式となっており、観客との対話が新鮮だ。
15. Mortal Man
Tupac Shakurとの想像上の対話で幕を閉じるこの曲は、アルバムの全てを総括するような内容となっている。「君はリーダーを信じられるか?」という問いが深く胸に刺さる。
アルバム総評
To Pimp a Butterflyは、音楽としても詩としても社会的なメッセージとしても傑出した作品であり、21世紀の音楽界における一大マスターピースだ。Kendrick Lamarは、自身の内面と社会問題をこれ以上ないほど深く掘り下げ、聴く者を共感と省察の旅へと誘う。多層的なテーマとジャンルを超えたサウンドが融合し、永遠に語り継がれるべきアルバムとなっている。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
Black Messiah by D’Angelo
ファンクとソウルの要素が強いアルバムで、社会的メッセージも深い。Kendrickの音楽と共鳴する部分が多い。
The Miseducation of Lauryn Hill by Lauryn Hill
自己発見と社会問題をテーマにした傑作。ジャズやソウルの影響も感じられる。
We Got it from Here… Thank You 4 Your Service by A Tribe Called Quest
政治的・社会的テーマを扱いつつ、ジャズヒップホップの美しさを存分に見せた作品。
Awaken, My Love! by Childish Gambino
ファンクとソウルの要素が際立つ一枚で、現代のブラックミュージックを再解釈している。
Songs in the Key of Life by Stevie Wonder
Kendrickに影響を与えたクラシック。普遍的なテーマとジャンルを超えたサウンドが特徴。
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