
発売日: 1985年9月18日
ジャンル: オルタナティヴロック、ポストパンク、ハートランドロック
概要
『Tim』は、The Replacementsが1985年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、彼らにとって初のメジャー・レーベル(Sire Records)移籍後の作品として、キャリアの中でも最も象徴的な一枚である。
本作では、前作『Let It Be』で開花したポール・ウェスターバーグのソングライティング力がさらに洗練され、衝動とメロディ、皮肉と誠実さ、反抗と自己破壊といったReplacements的アンビバレンスが全編に貫かれている。
プロデューサーにはTommy Ramone(元Ramonesのドラマー)を起用。
音のミックスや仕上がりについては、当時から賛否が分かれたが、それを補って余りあるほど楽曲の強度とリリックの鋭さが際立った作品である。
このアルバムを最後に、オリジナル・ギタリストのボブ・スティンソンが脱退。
Replacementsが“バンド”から“ポール・ウェスターバーグの表現の器”へと変貌していく転機でもあり、商業性と純粋性のせめぎ合いが痛々しいほどに刻まれたロック史に残る傑作である。
全曲レビュー
1. Hold My Life
アルバム冒頭から、“俺の人生を誰か持っててくれ”という投げやりな叫び。
リフとドラムの勢いは前作の延長だが、リリックの翳りと構成の妙に進化が見える。
2. I’ll Buy
社会の表面と欲望を揶揄する、皮肉たっぷりのナンバー。
「お前が売るなら、俺は買う」という、愛と商業と空虚さの三重奏。
ギターはガレージ的ながらもメロディは妙に親しみやすい。
3. Kiss Me on the Bus
“バスの中でキスしてよ”というタイトルが象徴する、日常の中のドラマを描いたパワーポップ的名曲。
胸が締め付けられるようなメロディと、ウェスターバーグの情けない声が絶妙にマッチする。
4. Dose of Thunder
本作でもっともハードなロックナンバー。
サウンドはヘヴィだが、どこか投げやりで内向的。
バンド内の緊張感が音ににじむ。
5. Waitress in the Sky
“空のウェイトレス”=フライトアテンダントに対するユーモアと皮肉を交えたロックンロール。
母親が実際にスチュワーデスだったという逸話付きの、ウェスターバーグらしい半分冗談・半分本気の一曲。
6. Swingin Party
本作で最もメランコリックで美しいバラード。
揺れるようなギターと控えめなアレンジに、“不安なままでパーティーに揺れている”という孤独が深く響く。
7. Bastards of Young
Replacementsを象徴する代表曲。
“俺たちは誰の遺産も受け継げなかった若造(Bastards)”という宣言は、80年代のアメリカ社会への異議申し立て。
爆発力のあるギターとシャウト、シンプルで強烈なリリックにより、オルタナティヴ・ロックのマニフェストとなった。
8. Lay It Down Clown
粗野な演奏とバカ騒ぎのようなテンションで進むナンバー。
ギターの暴れっぷりがReplacementsの原始的エネルギーを体現する。
9. Left of the Dial
インディーズ系カレッジラジオに向けた、哀切の讃歌。
「ダイヤルの左側(=AMの端、つまりマイナー局)」でしか聴こえない音楽、届かない想い、報われない夢。
ポールの詩人性が最も切実に現れた、涙腺を刺激する一曲。
10. Little Mascara
恋人との関係が崩れていく様を、涙でにじむマスカラを通して描く。
力強い演奏と哀愁あるメロディの対比が際立つ佳作。
11. Here Comes a Regular
アルバムのラストにして、ウェスターバーグの人生観が滲み出た孤独の名曲。
バーに毎晩通う“常連”の存在を通じて、時間に流される人間の切なさと諦念を静かに歌い上げる。
ピアノとアコースティックギターのみのシンプルなアレンジが、逆に胸をえぐる。
総評
『Tim』は、The Replacementsが持っていた衝動、ロマンス、皮肉、詩情、そしてセルフサボタージュのすべてが、一枚に凝縮された奇跡のようなアルバムである。
そのサウンドはけっして整ってはいない。ミックスは荒く、アレンジも場当たり的で、完璧からは程遠い。
しかし、それゆえにこの作品は、“完璧に不完全なものこそが本物”であるという事実を証明してしまう。
ポール・ウェスターバーグのリリックは、若者の不満、社会への違和感、愛の不器用さをときに優しく、ときに鋭く、まるで日記のように綴っている。
それが聴き手にとっては“自分自身の言葉”のように響いてくるのだ。
『Tim』は、80年代アメリカン・ロックの文脈においても、インディーとメジャーの境界を飛び越えた稀有な存在であり、オルタナティヴ・ロックの地図に深く刻まれた金字塔である。
おすすめアルバム(5枚)
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Soul Asylum – Made to Be Broken (1986)
同郷ミネアポリス出身の同志的存在。荒削りさとメロディの融合が共鳴。 -
The Hold Steady – Boys and Girls in America (2006)
Replacementsの精神的後継者と称される現代ロックバンド。街と青春の物語性が共通。 -
Paul Westerberg – 14 Songs (1993)
ソロ作ながら、Replacementsの延長線上にあるような誠実で詩的なアルバム。 -
Tom Petty – Southern Accents (1985)
同時代のアメリカン・ロックの重鎮。Replacementsとは違った形の誠実な泥臭さ。 -
Uncle Tupelo – Still Feel Gone (1991)
オルタナ・カントリーの始祖的バンド。Timの“心の孤独”に通じる精神性が宿る。
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