1. 歌詞の概要
「This Too Shall Pass」は、OK Goの3rdアルバム『Of the Blue Colour of the Sky』(2010年)に収録された代表的な楽曲であり、バンドの世界観を強く象徴する作品のひとつである。
タイトルに込められたフレーズ「This Too Shall Pass(これもまた過ぎ去る)」は、古くから英語圏で使われてきた諺であり、「どんな苦しみも永遠には続かない」という希望と諦観の混ざり合った言葉である。OK Goはこの普遍的なメッセージを、人生の混沌とその中に宿る希望の断片を描く形で、軽やかに、しかし深く響くポップ・ソングへと昇華させた。
歌詞の内容は、混乱、崩壊、そして困難のただ中にいるような感覚を描写しつつも、繰り返されるコーラス「Let it go, this too shall pass(手放せよ、これもまた過ぎる)」が、静かで確かな慰めを与える。楽曲全体を通して、力強くもやさしい“通過点としての痛み”をテーマにしている。
2. 歌詞のバックグラウンド
OK Goはその音楽性と同時に、創意あふれるミュージックビデオでも国際的な評価を受けているが、「This Too Shall Pass」はその中でも特に映像作品としての革新性が際立つ。
この楽曲には、なんと2つの異なるミュージックビデオが存在する。
1つは、マーチングバンドと共演しながら野外で一発撮りされた「パレード編」。もう1つは、巨大なルーブ・ゴールドバーグ・マシン(ピタゴラスイッチ的な装置)によって展開する「ドミノ装置編」である。後者はYouTubeで世界的なバイラル・ヒットとなり、OK Goが音楽とアート、科学、ユーモアを融合させるバンドとして確立された決定的な作品となった。
楽曲のプロデュースは、Gnarls BarkleyのDanger Mouseからの影響を色濃く感じさせるDave Fridmann(The Flaming LipsやMGMTなどの作品で知られる)が担当。彼による厚みのあるプロダクションが、OK Goのメロディセンスと見事に融合している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“You know you can’t keep lettin’ it get you down”
「いつまでも気にして落ち込んでいても仕方ないだろ」“And you can’t keep draggin’ that dead weight around”
「重荷をいつまでも引きずって生きていけるわけじゃない」“If your brain’s a week messin’ it up”
「頭がごちゃごちゃになっているなら」“This too shall pass”
「それも、きっと過ぎ去っていくんだ」
これらのフレーズは、一つひとつが短く力強く、聴く者の内側にじんわりと染み込んでくる。深刻になりすぎず、しかし軽くもなりすぎないこのバランス感覚が、OK Goというバンドの魅力を際立たせている。
4. 歌詞の考察
「This Too Shall Pass」という言葉は、英語圏の宗教的・哲学的な背景にも根ざしたものだが、この楽曲においては、それを現代的で日常的な感情の揺らぎの中に落とし込んでいる。
歌詞の中では、混乱と怒り、不安、そして過去の出来事に対する後悔が交錯する。それでも、「それはやがて過ぎ去る」というメッセージは、苦しみにある人にとっては救いとなり、同時に心にひっそりと警告も与える。
重要なのは、この言葉が「すべてが良くなる」という楽天的な宣言ではなく、「良くなくても、今のままでも、やがて通り過ぎていく」という受容と諦観の混じったメッセージである点だ。これは、OK Goの持つ冷静な人間観察と、ユーモアを交えた人生へのまなざしとが見事に交差する瞬間でもある。
そして、それを支える音楽は、軽快なブラス、リズミカルなビート、コーラスの反復など、聞き手を包み込むような温かさにあふれている。悲しみを悲しみのままに置かず、それを一歩進めるためのエネルギーに変える力が、この曲には宿っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Do You Realize?? by The Flaming Lips
人生のはかなさを肯定的に歌い上げた名曲。Dave Fridmannつながりの精神性も共通している。 - Float On by Modest Mouse
現実の困難と向き合いながらも「なんとかなるさ」と歌うロックナンバー。 - Sprawl II (Mountains Beyond Mountains) by Arcade Fire
社会と自己との間で揺れる心を、ダンサブルに、かつ詩的に描いた作品。 - Happy by Pharrell Williams
明るいビートの中に、感情の奥行きを持たせたポップソング。 - I Will Survive by Gloria Gaynor
逆境を跳ね返す力を感じさせる“超越”のアンセム。時代を超えて響くテーマが通じる。
6. ミュージックビデオと「時間」の装置としての芸術性
「This Too Shall Pass」の魅力は、楽曲単体でも十分に力を持つが、何よりも忘れてはならないのがルーブ・ゴールドバーグ・マシンを用いたミュージックビデオである。
この映像作品は、6ヶ月以上をかけて制作され、物理学と美術、音楽とテクノロジーが融合した芸術的試みとして、多くのクリエイターに影響を与えた。曲の進行と完全に連動して動く数百の装置は、カオスと秩序、偶然と必然、そして「繰り返される動きの中でも、最後には終わりがある」というテーマを視覚化している。
つまりこのビデオ自体が、「This Too Shall Pass」というメッセージを象徴するメタファーとなっているのだ。
OK Goは、この作品を通じて「音楽とは何か」「ポップカルチャーはどこへ向かうのか」という問いを静かに、しかし鮮烈に投げかけた。
「過ぎ去ること」——それは一見儚く、切ない。でも、だからこそ今この瞬間を美しく、豊かに感じ取ることができるのだと、この楽曲は教えてくれている。
そしてそれこそが、OK Goというバンドが常に届けてきた最大の贈り物なのだ。
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