アルバムレビュー：This Is Big Audio Dynamite by Big Audio Dynamite

発売日: 1985年11月1日
ジャンル: ポストパンク、ダンスロック、サンプル・ロック

概要
全曲レビュー
総評
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概要

『This Is Big Audio Dynamite』は、The Clashのギタリストであったミック・ジョーンズが新たに結成したBig Audio Dynamite（通称BAD）のデビュー・アルバムである。
1985年という年において、パンクの残り香を持ちながらも、新しい音楽の地平を大胆に切り拓いた作品として語り継がれている。

ミック・ジョーンズはThe Clash脱退後、ロックの文脈だけに留まらない音楽の融合を志向し、ヒップホップ、ダブ、レゲエ、ファンク、さらには映画音声のサンプリングまでを導入。
その結果、『This Is Big Audio Dynamite』は、サンプリング技術を活かしたロックアルバムの先駆として、1980年代のポップカルチャーとテクノロジーの交差点に立つことになった。

バンドのメンバーには、映像畑出身のドン・レッツや、アフロ・カリブ系のリズム感を持つメンバーたちが集まり、音楽だけでなくカルチャー全体を巻き込む多文化的なプロジェクトとなった。
このアルバムは、のちのビッグビートやサンプリング・ロック、エレクトロニック・ロックの隆盛にも影響を与える先駆的存在なのである。

全曲レビュー

1. Medicine Show

冒頭から映画『夕陽のガンマン』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』のセリフを大胆にサンプリング。
西部劇とロンドンのダンスミュージックが融合する、壮大で実験的なナンバー。
重厚なグルーヴと映像的コラージュによって、音楽が“視覚的”に響く瞬間である。

2. Sony

企業批判とマスメディア風刺を織り込んだ歌詞が痛烈な楽曲。
鋭いリフとファンキーなリズムが絡み合い、BADの持つ社会批評性とグルーヴの両立がよく現れている。
“SONY”という具体的な社名を用いる挑発的姿勢も、80年代ならではのロック精神を感じさせる。

3. E=MC²

本作最大のヒット曲で、ニコラス・ローグの映画『The Man Who Fell to Earth』や『Performance』などを断片的にサンプリング。
哲学的なタイトルとポップなサウンドのギャップが魅力であり、現代社会の加速度的情報化を予見するような作り。
グルーヴィーなベースラインと中毒性のあるサビが印象的で、クラブシーンでも愛された。

4. The Bottom Line

ヒップホップ的リズムとダブのエッセンスが融合したナンバー。
タイトルの「ボトムライン＝結論、要点」は、混沌とした時代の中で何が本質かを問うような問いかけにも聞こえる。
ループするビートとリズミカルなボーカルが、BADの音楽的特徴を端的に示している。

5. A Party

タイトルとは裏腹に、浮かれすぎない冷静さを持つミッドテンポのダンスチューン。
サンプリングされた声や効果音がコラージュ的に配置され、BADらしい雑多さと編集美が炸裂する。
パーティーという空間そのものを、社会的・文化的な観察対象として描いている点も興味深い。

6. Sudden Impact!

ファンクロック的な勢いとラップの語りが交差する楽曲。
「突然の衝撃！」というタイトルが示すように、曲調もダイナミックかつ直情的で、ライブ映えする一曲である。
この時期のストリートカルチャーとサブカル的感性の融合が垣間見える。

7. Stone Thames

“ロンドン＝テムズ川”をキーワードに、都市の冷たさや歴史的重層性をテーマにしたディープなトラック。
ダブ由来のエコー処理や低音が強調され、夜の街を彷徨うような幻惑的な雰囲気を醸し出す。
BADの中でも特にアンダーグラウンド色の濃いナンバー。

8. Bad

バンド名そのものを冠したトラックであり、自己紹介的かつマニフェスト的な側面を持つ。
「俺たちはBAD（Big Audio Dynamite）」と宣言するリリックが、彼らの音楽的独自性と革新精神を象徴している。
終盤の展開では、様々なジャンルの引用が折り重なり、アルバムを総括するような作りになっている。

総評

『This Is Big Audio Dynamite』は、1985年という時代にありながら、ヒップホップ、ダブ、サンプル文化、社会批評、クラブミュージックといった多様な要素を先取りし、それらをロックの器で融合させた奇跡的なデビュー作である。
ミック・ジョーンズがThe Clashで培った政治性やDIY精神を、新しいテクノロジーや文化的文脈の中で再構築した本作は、80年代以降の音楽における“編集”の重要性を先見的に示していた。

このアルバムの功績は、単に新しいジャンルを作ったことだけではなく、“ロックはサンプリングできるのか？”という問いに対し、YESと答えた点にある。
また、映像的センスやストリート文化との接続性も高く、後のブレイクビーツやエレクトロロック、さらにはゴリラズなどのプロジェクトにも間接的影響を与えている。

一見雑多で混沌としているようでいて、その実どの楽曲も極めて構築的であり、コンセプトの明確さと遊び心が共存している。
それは「音楽の遊園地」であり、「革命の残響」であり、そして何より「今を踊るための哲学」なのだ。