アルバムレビュー:Think Tank by Blur

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発売日: 2003年5月5日
ジャンル: エクスペリメンタル・ロック、アートロック、エレクトロニカ、ワールドミュージック


ギターのないBlur、世界と対話するBlur——“崩壊”から生まれた再構築の記録

2003年のThink Tankは、Blurにとって変革と断絶のアルバムである。
ギタリストのグレアム・コクソンがほぼ不在(唯一1曲で参加)となった本作は、
バンドの“化学反応”としてのグルーヴが薄れ、代わりにDamon Albarnの個人的ヴィジョンが色濃く反映された作品となった。

とはいえ、それは単なるソロ的方向ではない。
本作では、モロッコ録音、エレクトロニカ、ダブ、ループ、政治的イメージといった要素が交錯し、
Blurは“国民的バンド”という枠組みから解き放たれ、
より広大で抽象的な音の地平へと踏み出したのである。


全曲レビュー:

1. Ambulance

アカペラのようなヴォーカル・ループとエフェクトが空間を満たすオープニング。
「I ain’t got nothing to be scared of」——繰り返されるこのフレーズは、
自らの変化を肯定する呪文のようにも響く。

2. Out of Time

美しくメロディアスな名曲。
モロッコ録音による異国情緒と弦楽器が柔らかく溶け合い、
「時間の外に取り残された」感覚を静かに歌い上げる。
Blurらしからぬほど“感情のままに開かれた”傑作。

3. Crazy Beat

Fatboy Slimプロデュースによるダンス・パンク的トラック。
ノイジーでアグレッシブなビートは痛快だが、アルバム全体から見ると異質。
皮肉と快楽がぶつかり合う、ポップの狂騒。

4. Good Song

Damonの内省的な面がよく表れた穏やかな曲。
ループの上に静かなメロディが漂い、アルバムの“夜の顔”を強く印象づける。

5. On the Way to the Club

都会の深夜、クラブに向かう途中の空虚と期待。
ベースラインと浮遊するヴォーカルが、まるで酔いの中に溶けていくよう。

6. Brothers and Sisters

ドラッグカルチャーと若者たちの共依存を描く、ダークで呟くような歌詞。
チープなリズムと語り口が、むしろリアリティを増幅する。

7. Caravan

中東風のパーカッションとブルージーなコード感が交錯するスローナンバー。
漂泊者の視点から描かれる世界が、アルバムの“外”とつながる。

8. We’ve Got a File on You

わずか1分の爆裂パンク。
監視社会、国家、ファイル、匿名性——全てを皮肉で切り刻む短編ノイズ。

9. Moroccan Peoples Revolutionary Bowls Club

タイトルどおり、モロッコ滞在の直接的痕跡
即興性と反復のループに乗せて、異国の風景がサウンドとして立ち現れる。

10. Sweet Song

アルバム内でも特に静謐な名バラード。
ギター不在ながら、温もりと哀しみが共存するアレンジ。
まるで別れの手紙のように、切なく優しい。

11. Jets

約6分に及ぶ、サイケデリックでフリー・フォームな実験作。
後半はインストゥルメンタルに突入し、飛行機のように加速していく。

12. Gene by Gene

リズムボックスとファンクの中間のようなビート感。
どこかPrinceを想起させるアプローチと、曖昧な性的イメージ。

13. Battery in Your Leg

グレアム・コクソン唯一の参加曲にして、アルバムの締めくくり。
「This is a ballad for the good times」——過去への追悼と別れ。
Blurという“バンド”の終わりを、最も静かに、最も美しく刻んだ一曲。


総評:

Think Tankは、Blur“バンドの終焉”と“音楽的拡張”を同時に描いたアルバムである。

ギターという象徴を手放し、都市と国を離れ、個人として世界に触れる。
その結果、本作はどこか断片的で、定義しがたく、そして深く沁みる。

それはポップスというよりも、旅の記録、記憶のスケッチ、終わりと始まりの間にある地図なのだ。
この地図は、のちにDamon AlbarnのGorillazソロ活動、さらにはBlurThe Magic Whipにもつながっていく。


おすすめアルバム:

  • Radiohead / Amnesiac
     バンドの“内部崩壊”と外部世界への拡張が交差した、知的かつ感情的実験作。
  • David Bowie / Lodger
     異国性、反復、都市の狂気を描いた“旅行者のためのポップ”。
  • Gorillaz / Demon Days
     Damon Albarnが本作の延長線上で確立した仮想バンドの世界観。
  • Massive Attack / 100th Window
     エレクトロニカと政治的空気の混交、疎外と官能の音。
  • Blur / The Magic Whip
     Think Tankでの冒険の記憶が、もう一度“バンド”に戻った瞬間を描く後日譚。

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