発売日: 2019年5月
ジャンル: サイケデリックロック、オルタナティヴロック、アートロック
概要
『These Times』は、The Dream Syndicateが2019年に発表した再結成後2作目のスタジオ・アルバムであり、前作『How Did I Find Myself Here?』での劇的な復活から一転、より実験的かつ内省的な方向へと舵を切った作品である。
タイトルが示す「These Times(この時代)」は、単なる時代性を指すだけでなく、個人の精神状態、文化の断片化、そして“今”という不可解な瞬間への静かな問いかけでもある。
スティーヴ・ウィンを中心としたバンドは、ここで再び自らのルーツを辿るのではなく、音そのものを“探求”の対象とし、サウンドスケープの広がりや構造への意識を深めている。
プロデューサーは前作に続きジョン・アグネロが務め、ミニマリズム、リズム重視、トリップ感、ポスト・ヴェルヴェッツ的なアプローチが見事に統合されている。
この作品は、バンドの“第3の始まり”と言えるかもしれない。
全曲レビュー
1. The Way In
タイトルが示す通り、リスナーを作品世界へ導くイントロダクション。
電子音とパルスが交差する、インストゥルメンタルに近い構成で、空間的な余白が印象的。
2. Put Some Miles On
本作のハイライトのひとつであり、ロード・ソング的なダイナミズムと都会的なポップ感覚が融合。
“少し距離を置いて見てみろ”という歌詞が、内面の旅と外界の風景を重ね合わせている。
3. Black Light
ミッドテンポのサイケ・ファンク・ナンバー。
ギターのエフェクトや反復するグルーヴが、幻想と現実の境界を曖昧にしていく。
4. Bullet Holes
リズム重視のロックンロールで、タイトな演奏と乾いた質感が90年代的なガレージ感覚を想起させる。
歌詞は暴力と記憶についての寓話のように響く。
5. Recovery Mode
ポップでありながら、ひとつ間違えば壊れてしまいそうな危うさを持つトラック。
“回復のモード”とは何か?それは精神の再起動なのか、ただの仮面なのか。
シンセの使用も印象的。
6. The Whole World’s Watching
タイトルからは政治的なニュアンスも感じさせるが、実際には自己認識とパラノイアについての曲。
ミステリアスなリズムと陰影あるコード進行が不穏な魅力を放つ。
7. Space Age
アルバム中最も実験的な一曲。
ミニマルで繰り返されるビートと浮遊するシンセ。
歌詞も断片的で、むしろ音そのものが意味を帯びていく構造となっている。
8. Falling in Love With Me
ウィンのボーカルが内省的に響くスロウナンバー。
自己愛と孤独、そして他者とのすれ違いを描くポップな仮面を被った悲しい歌。
9. Still Here Now
“それでも、ここにいる”というタイトルの通り、失われた時間の中で存在を主張するような曲。
ギターは優しく、歌声は静かに燃えている。
バンドの再生を象徴するような余韻が心に残る。
10. Speedway
アルバムを締めくくる、疾走感と解放感に満ちたナンバー。
それは“出口”ではなく、“次の入口”のような構造で、作品の円環性を補完する役割を果たす。
総評
『These Times』は、The Dream Syndicateが「かつての自分たち」ではなく、「今の自分たち」を鳴らすことに全力を注いだアルバムである。
それは時代への反応であり、自身の存在意義への問い直しであり、音楽という表現形式の再定義でもある。
この作品には“ギター・ジャムの快感”も、“ロック・バンドの風格”もあるが、それ以上に重要なのは、“現在進行形の実験精神”が貫かれているという点だ。
リスナーはこのアルバムを通じて、“この時代”という不確かで不安定な時間を、音の中で“感じる”ことになる。
それはとても静かで、しかし確かな震えを伴った体験なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
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Steve Wynn – Here Come the Miracles (2001)
スティーヴ・ウィンのソロ作で、実験性と情熱の共存が光る傑作。 -
The Church – Further/Deeper (2014)
ベテランによるモダン・サイケデリックの傑作。『These Times』との時代感が重なる。 -
Yo La Tengo – There’s a Riot Going On (2018)
静けさと混沌の交差点。ポスト・ロック的成熟の好例。 -
The War on Drugs – A Deeper Understanding (2017)
サイケとアメリカーナの融合。サウンドスケープの構築力が似ている。 -
The Dream Syndicate – The Universe Inside (2020)
次作にしてさらに実験性を押し進めたアルバム。『These Times』との連続性が強い。
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