The Boxer by Simon & Garfunkel(1969)楽曲解説

1. 歌詞の概要

「The Boxer」は、Simon & Garfunkelが1969年に発表した名作アルバム『Bridge Over Troubled Water』に収録されている楽曲で、同年に先行シングルとしてリリースされました。壮大な構成と、印象的な“ライラライ”のコーラスで広く知られるこの曲は、放浪者のように生きるひとりの「ボクサー」の人生を描いた寓話的なバラードです。

この曲における“ボクサー”は、文字通りの格闘家ではなく、人生に打ちのめされながらも立ち上がり続ける人間の象徴であり、同時に、サイモン自身が感じていた音楽業界や社会における誤解や中傷、孤独との闘いを映す鏡でもあります。

冒頭の「I am just a poor boy, though my story’s seldom told(僕はただの貧しい少年、語られることもない物語の持ち主さ)」という一節に始まり、歌詞は彼の放浪、労働、失望、孤立といった人生の断片を詩的に綴ります。淡々とした語り口ながら、その裏には深い感情と、人間としての尊厳がにじみ出ており、Simon & Garfunkelの中でも最もエモーショナルで重厚な作品のひとつとされています。

2. 歌詞のバックグラウンド

ポール・サイモンは、この曲を1968年に作詞作曲しました。当時のアメリカはベトナム戦争の長期化、マーティン・ルーサー・キングJr.やロバート・ケネディの暗殺など、国全体が大きな不安と混乱の中にありました。その中で、サイモンはマスコミからの批判や業界の誤解を受け、精神的な孤立を深めていたと言われています。

そんな中で生まれたのが「The Boxer」です。ポール・サイモンはこの曲を、自分の人生やキャリアに対するメタファーとして捉えており、格闘技のリングで傷つきながらも立ち上がるボクサーの姿は、そのまま彼自身の“心の闘い”の象徴でもありました。

レコーディングにはかなりの時間と労力が費やされ、スタジオのエコーや音響を最大限に活かしたドラマチックな演出が施されています。ギターのフィンガーピッキング、雷鳴のようなスネアの響き、そして繰り返される“Lie-la-lie”のコーラスは、傷ついた魂の深い叫びとして、聴く者の胸に突き刺さります。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に「The Boxer」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を添えて紹介します。

I am just a poor boy
僕はただの貧しい少年で

Though my story’s seldom told
物語が語られることもほとんどない

I have squandered my resistance
僕は抵抗する力を浪費してしまった

For a pocketful of mumbles, such are promises
口ごもるような約束のために

Then I’m laying out my winter clothes
冬服をしまい込みながら

And wishing I was gone, going home
心はもう、故郷へ帰っている

Where the New York City winters aren’t bleeding me
ニューヨークの冬が、もう僕を消耗させないような場所へ

In the clearing stands a boxer
空き地にボクサーがひとり立っている

And a fighter by his trade
彼の職業は“闘うこと”

And he carries the reminders
彼は今も背負っている、その痕跡を

Of every glove that laid him down
彼を倒したすべての拳の記憶を

Or cut him till he cried out
彼を切り裂き、叫ばせた記憶を

In his anger and his shame
怒りと恥を抱えて

“I am leaving, I am leaving”
「もう出ていくんだ、去っていくんだ」と彼は言う

But the fighter still remains
だが、戦士はまだ、そこに立っている

歌詞全文はこちらで確認できます:
Genius Lyrics – The Boxer

4. 歌詞の考察

「The Boxer」は、単なる個人的な苦悩の告白ではありません。それは社会の片隅に生きる“声なき人々”の物語であり、敗北し続ける者の尊厳を描いた叙事詩です。冒頭の「I am just a poor boy」という自己紹介は、主人公が社会的に見落とされがちな存在であることを示し、その後に続く“約束に裏切られた人生”が静かに描かれます。

「Lie-la-lie」というコーラスは、無意味に聞こえる一方で、言葉では表せない痛みや喪失を象徴する“言語の限界”を体現しているとも言われています。言葉にならない感情、叫び、沈黙──それらが“Lie-la-lie”に込められており、聴く者の想像力によって解釈の余地が与えられています。

また、「空き地に立つボクサー」という象徴的なイメージは、現代社会における“戦い続ける人間”の孤独と尊厳を際立たせます。ボクサーはただ戦うのではなく、打たれ、傷つき、倒されながらも「still remains(それでもそこにいる)」のです。この最後の一節は、敗者をただの敗者として描くのではなく、“立ち続ける者”として讃える力強いエピローグとなっています。

引用した歌詞の出典は以下の通りです:
© Genius Lyrics

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Desperado by Eagles
    孤独と戦い、そして愛の不在を描いたバラード。孤高の男の肖像が「The Boxer」と共鳴する。

  • The River by Bruce Springsteen
    労働者階級の現実と喪失を描く長編バラード。社会の片隅で生きる者の物語が重なる。

  • Working Class Hero by John Lennon
    階級社会への批判と個人の無力さを詩的に表現した名作。政治的背景を超えた“生きる闘い”がテーマ。

  • I Am a Rock by Simon & Garfunkel
    自らを孤立させることで傷から逃れようとする心情を描いた曲。「The Boxer」の内省と対を成す存在。

6. 傷だらけの誇り──“敗北”を讃える歌

「The Boxer」は、敗北や喪失を語る歌でありながら、どこかでそれを讃える視線が込められています。それは「勝つ者」ではなく、「負けてもなお立ち上がる者」に向けられた優しいまなざしです。華やかさや英雄譚とは無縁の、地に足をつけた人間の詩が、ここにはあります。

ポール・サイモンはこの曲で、時代に翻弄されながらも声をあげることをやめない人々──アメリカの労働者、移民、芸術家、そして自分自身──を、静かに、しかし確かに歌い上げました。アート・ガーファンクルのコーラスと共に、空間の余白に響くその歌声は、どこか祈りのようでもあります。

「The Boxer」は、疲弊した心に寄り添い、誰もが“闘っている”ことを肯定してくれる特別な歌です。負けてもなお立ち続けること、それこそが人間の誇りであると教えてくれるこの曲は、時代を超えて、今なお響き続けています。

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